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OIKAWA,Satoko blog

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3月11日午後2時26分からのこと 

地震発生の14:46。OTTOは仕事部屋で確定申告の計算中で、私は洗面所にいたらしい。私には地震発生から庭に出るまでの記憶がない。ただ、揺れを感じた瞬間「彫刻が壊れる」と思ったことだけを覚えている。

数日前、19日から始まる予定の「及川茂・聡子父娘展」の搬入があり、会場のしばた郷土館1階には父の石膏の作品が展示済みだった。頭の中には、父の彫刻が砕けてしまった最悪な映像と、しばたの郷土館の皆さんがどうにか作品を支えて下さって、割れずにすむという希望的映像が交互に現れ、現実の風景は全く意識できなかった。だから、こうして思い返しても、私には揺れる家の中の様子は全く思い出せず、空想の映像ばかりが再生される。

「彫刻、彫刻」とばかり繰り返し、逃げようとしない私にOTTOが「早く!」と、どなった。私は少し我に返って、家の前の道に上がる階段を昇ろうとするが、膝が震えて足が出ない。
どうにか階段を昇ると、道には石が転がっていた。「そこは危ないからもっとこっちに」と、しゃがみながらどなるOTTOが靴をはいていないと気づき、グレーのくつ下が目に入って、やっと現実の景色の方が空想の映像に勝った。次の瞬間、OTTOの膝の上で震えている愛娘犬が見え、一気に現実に戻った。「フクちゃん!」と愛息子兎のことを思い出したけれど、揺れが大きく、すぐ家に戻ることは不可能だった。道にOTTOと並びしゃがんで、ゼリーみたいに揺れる家々を見ていた。

一度目の揺れがおさまってから、OTTOが家に戻り、火元の確認をし、貴重品を持って道に戻ってきた。近所の人の話によれば地面が割れている箇所もあるとのこと。親の様子を見に行こうということになり、兎のフクを連れ出すために、移動用ケージに移した。フクの華奢な骨、フワフワの毛を手のひらに感じると、恐怖心が倍増するのを感じた。命はとてもかよわいと実感させられたのだと思う。

OTTOは埼玉の妹からのケータイ安否メールに返信。地震直後は、通話もメールも少しは通じる状態だった。私は父のケータイに電話をし「そっちはどう?大丈夫?」と聞くと「今、アトリエから家に戻ってきたけど、お母さんがうんともすんとも言わない。ちょっと待ってろ。後で」と、電話が切れた。

親のところに行く前に、しばたの郷土館に連れていって欲しいと懇願する私。「壊れていたって、今日は修繕できないんだからね。後でどうにかできるからね。今は命の問題なんだからね」と繰り返しながら、OTTOは郷土館に連れて行ってくれた。冷静に考えれば、その時、郷土館に行くのは間違いだと分かる。しかし、とにかく、その時は、彫刻の状態を確認しないことには何も出来ない気持ちだった。

郷土館に付くと、スタッフのSさんが忙しい手を止めて「大丈夫ですよ」と館内を見せて下さった。このところ地震が多かったので、彫刻はすべて布団の上に横にして寝かせて下さっていたのだ。私は感謝の気持ちがこみ上げ、涙ぐんだ。
この時には、まだ、この地震がこれほど大きな震災であり、万を越える人命を奪っていくとは思いも寄らなかった。ただ、動物的感覚として感じる大きな不安、恐怖の中で、父の彫刻が無事だったという安心が私に理性的判断を戻してくれたように思う。

道路のひび割れ、ブロックの崩れ等々に驚きながら親の家に着く。家には父の車が無く、消防車と赤帽さんの車が止まっている。一体何事かと緊張が走る。
「玄関が開いていて、声をかけても返事が無いので、誰か中に閉じこめられていると困ると思って、消防の人に中を確認してもらったところ」とのこと。見ず知らずの赤帽さんの親切に感謝である。近所の方が親は二人で山のアトリエに向かったと教えてくれる。お礼を言って「皆さんもお気を付けて、と声を掛け合い走り出す。

途中コンビニに寄るが、すでに乾電池や水はない。薄暗い中に、パニック気味のお客が大勢集まっていた。割れたビンやこぼれたジュースを掃除しながら「すみません、水はもうありません」と謝る店長さん。店内にはまだお菓子があった。カロリーメイトを手にした時、大きな余震が来た。悲鳴が響いて、お客がドッと動く。私も鳥肌が立って、手にしていた商品を手放してしまった。OTTOは目当てだった携帯の充電器を購入した。

山に着くと、雪が降り出してきた。父から地震の話を聞かされた。「津波10m!?!」「原発事故?」「マグニチュード8?」。全く信じられなかった。父は数字なんかすぐ間違えるから、きっと覚え違いか何かだろうと思ったが、父は頑として本当だと言うのだった。
「じゃ、とにかく気を付けて!」と、それぞれの家に向かった。吹雪く雪が視界を覆う。

自宅前の路肩に駐車し、OTTOはコンビニに買い出しに行った。私はネルを膝に乗せながら、車内でワンセグを見ていた。何より驚いたのは、この地震が東日本、太平洋側全体を襲ったものだということだった。地震の規模は明治以降最大のM8.8です、と伝える東京のアナウンサーの興奮が伝わり、不安がどんどん押し寄せてくる。日も暮れて、停電した町は暗さに沈む。
心細さも高まってOTTOに電話するが、全く通じない。

1時間以上経ち「乾電池はもうなかったよ」と、お菓子とアクエリアス、焼酎のミニカップを携えてOTTOが帰ってきた。ニュースで知った情報を説明すると、OTTOも目を丸くする。
ランタンと、アウトドア用の小さな蛍光灯で明かりを取る。私がぼんやりしている間に、OTTOがおにぎりを作ってくれた。「ご飯焚いてて良かったね」と言いながら「キャンプだと思おうね」などと、笑ったりした。
私たちはまだ、津波の被害など知り得なかったし、自分たちが今、笑って座っているこの家自体が、ひび割れ、大きく傾いていることにも気づいていなかった。

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