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OIKAWA,Satoko blog

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中也のこと 

さてどうすれば利するだらうか、とか
どうすれば哂われないですむだらうか、とかと

要するに人を相手の思惑に
明けくれすぐす、世の人々よ、

僕はあなたがたの心も尤もと感じ
一生懸命郷に従ってもみたのだが

今日また自分に帰るのだ
ひつぱつたゴムを手離したやうに

そうしてこの怠惰の窗の中から
扇の形に食指をひろげ

青空を喫う 閑を臙む
蛙さながら水に泛んで

夜は夜とて星をみる
あゝ 空の奥、空の奥。

中原中也

詩集『山羊の歌』より
「憔悴 �」


中原中也は、私が愛する詩人の一人である。思春期、文庫本の背がほつれるほどに、彼の詩をくり返し読んだ。思春期の感傷は彼の詩によって慰めを得るどころか、ますます深まって私をクラスメイト達から遠ざけたものだった。

今、こうして、この詩を読み返せば、いかに自分が周囲に対し、鼻持ちならない侮蔑を持っていたか、反面、周囲にとけ込めない自分を嫌悪していたかよく分かる。
彼の詩は、ともすれば文学少女用の、感傷に満ちた作品のように受け取られがちだ。しかし、彼の詩を感傷的の一言で評するのは間違である。私も幼いながら、感傷に酔うためだけに中也を読みふけっていたのではない。

彼の詩の大きな魅力であるユーモアは、彼の魂の健全さを示すものだ。その健全さを支えるものはこの詩で言うなら「空の奥」にある「救い」であり、「真理」である。「恩寵」というものかもしれない。
中也の詩には、いつも、届くことのないはるか遠くの「それ」を見やるまなざしが読まれている。 それは、感傷とは正反対の求道的な一貫した強いものだ。 「手が届くことはない」けれど「それ」は確かに「在る」という確信のもたらす力が、中也の「痛みを受け入れ続ける生き方」を支え、読む私をも支えてくれた。魂の健全さの基である。彼の感傷は、この力によって、成り立っている。「届きえない」恩寵は、風や、煙りや、音として、中也のそばに降りてくることがある。彼はそれを歌っていたのだと思う。

私は届かない「恩寵」を見やる中也の態度が、いかにも甘ったれた風情で好きだった。子供のような、すがるような、懐かしむような目線に、私は習い、彼のように手の届かない先に在る「恩寵」に焦がれた。
それが「祈り」なのだと理解した時、私の思春期は終わったように思う。病のような感傷は消え、「恩寵」を求めて心を澄まし、風や、煙りや、様々なものから、いつそれが降りてきても気付けるよう、生きていこうと決意した。

それを中也が詩にしたように、私はそれを絵にできれば、と願っている。

コメント

いいですね~~~~
 夜は夜とて星をみる
 あゝ 空の奥、空の奥。
月夜の晩に拾ったボタンとかも、心に沁みたりします。

三浦謙樹 #79D/WHSg | URL | 2006/01/02 10:28 * edit *

沁みる、沁みます。
この文章を書いたのは、何年前だったでしょうか…。2006年を迎えた今、再び同じ
「今日また自分に帰るのだ
ひつぱつたゴムを手離したやうに」という
心境の中におります。
とはいえ、自分は怠惰に惹かれることはなくなりました。それが、私には救いです。
中也を読んで、
あんまり、沁みたり、茫洋としたりすると
怠惰への焦がれが復活するんですけど、
そういう時には、光太郎を読むとシャンとします。
…自力で、シャンとできる2006年にしたい
と、願っております。

聡子 #79D/WHSg | URL | 2006/01/02 10:50 * edit *

中也を読むと、表現者として「シャンとする」ことはあるのですが、それが社会人として「シャンとする」ということとは別物だったりするんですよね~

三浦謙樹 #79D/WHSg | URL | 2006/01/03 09:20 * edit *

いやはや、社会人として
「シャンとする」詩というのは、
あまり、上質ではない証ではないでしょうか?
光太郎だって、社会的な「シャンと」では
ないですもの。

聡子 #79D/WHSg | URL | 2006/01/03 18:32 * edit *

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