OIKAWA,Satoko blog

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: -- | edit

やっと 

桜2010

柴田町の桜も一昨日、昨日が満開。
私の腰痛もほとんど良くなり、
歩いてお花見が出来るほどになりました。
ご心配下さったみなさま、ありがとうございます。

桜に間に合って、本当に良かったです。
今日はゆっくり、船岡城趾公園を犬散歩。
愛娘犬も、振り向き振り向き、
歩いている私を見ては喜んでくれて、
春爛漫をともに満喫しました。
スポンサーサイト

多分、ヘルニア 

個展の会期が終わった辺りから腰が痛い。
もともと右側の腰が痛むことはあったのだが、
今回の痛みはかなり強い。
右足の甲から脛にかけてしびれもある。
絵を描くにも、手紙やメールを書くのも痛い。
咳をすると痛い。くしゃみはもっと痛い。
特に、くつ下を履く時が痛い。
「痛い痛い痛い痛い痛い」と言いながらくつ下を履いている。

一年ほど前、痛みは全く無かったが、
右足の甲から脛、大腿部側面からおしりまで、
しびれが数日続き、整形外科を受診。
レントゲンを見ながら、先生は
「骨に異常はないですね。
 そのしびれの個所から見て、
 ここの辺りがヘルニアだと思います。
 ちゃんと調べるなら、MRIですけどどうします?」と仰る。
しびれは気持ちが悪かったが、痛くもないし、
手術をするほどの状態でない限り、
ヘルニアと分かっても、
保存療法しかしないということなので、
様子を見ますと言って帰ってきた。

その後、ストレッチやダンベルを始めて、
背中や腰に筋肉を付け
天然コルセット養成計画を進めていたら、
いつの間にかしびれも消え、肩凝りからも解放されていた。
それが、今年に入ってからの制作で、
ダンベルをする元気もなにも使い果たして、
バッタリと就寝する日々が続き、
天然コルセットが衰えてきていたのだろう。

木製パネルに紙を貼り込んで制作する紙本作品と違い、
絵絹の制作は、木枠の四方に絵絹の端をのり付けするのみ。
絹はポヨンポヨンと浮いた状態だから、
ちょっと画面に左手をあてがう、ということが出来ない。
上半身の重さを背中と腰が受け止めることになる。
また、細かな繊維の織り目で墨の線がガタガタしないか、
至近距離に顔を寄せつづけているので、背中は終始猫背。
時々、休んで背中を伸ばすことが良いとは分かっていても、
どうしても、あとちょっと、あとちょっとと制作し続けてしまう。

20代の頃、授産所で勤務していた時
私の役割は、結束機で、
一日、右足でペダルを踏む作業をしていた。
当時から右の腰が痛んで、腰痛ベルトをしていたりしたから、
実は長いこと、負担をかけているのだろうと思う。

また、私の基本姿勢が腰に大変悪い。
私は非常に身体がやわらかく、
あぐらをかいた状態で、
上半身をぺったりと前のめりに寝かせることが出来る。
身体を2つに折り重ねたような格好で、
絵も描き続けるし、ネットもする。
その格好が一番落ち着くのだ。
中学生の時からヘルニア持ちのOTTOに
「またその格好をする!ダメだよ、腰に悪いよ」
と再三叱られていたのだが、
その度「は~い」と生返事で続けてきた。
その結果がこの痛みとしびれだと思われる。

あんなに制作で酷使していた時には傷まなかったのに、
会期が終了して、
ホッとした途端に傷み出すのだから不思議だ。
湿布を貼って、腰痛ベルトを巻いて過ごし、
昨日辺りからだいぶ良くなってきた。
座っていると痛いやら重苦しいやらで、
ふとんに横になってしばらくじっとして、
少し休んだら起き上がって活動し、またしんどくなっては
横になり、という実にたいくつ極まりない日々だった。
やるべきことはたくさんあるのに、
じっとしていなければいけないのは嫌なものだ。

起きては「痛いよー」
寝ては「つまんないよー」の繰り返しだったので、
OTTOから横を向いて寝ていても出来る
DSのドラクエ4を勧められる。
「現実世界がどうにも進まない時は、
 仮想世界で冒険するに限る」とOTTO。
私はなんにしても戦いが嫌いなので、
(平和主義なのではなく、
 そこまで敵なるものと関わる気力が湧かないのだ)
RPGはほとんどやったことがなかったが、
腰痛のおかげで、初めてクリアを体験した次第。
私のドラクエの主人公の名はもちろん「さとまる」。
ボスを倒したさとまるが
勇者として町中の人に讃えられるのは、
なかなかそこそこに楽しい。
「何かやって、こんなに誰かに喜ばれることなんて、
 現実にはないよね」と言うと、OTTOも
「そうなんだよ。そこなんだよ」とご満悦。
全く、なんてものがなしい我らなのでしょう。

復活 

復活

今年のご復活祭は4月4日だった。
ご復活のロウソクを撮っておこうと思って、
ごミサの後、急いで祭壇に行ったのだけど、
目の前で、消されてしまう。残念無念。

イースターは日にちが決まっておらず、毎年変わる。
そのためか、クリスマスに比べると
日本ではあまり定着していないように思う。
「復活祭は春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」
と決まったのは325年なのだそうだ。
太陽暦と月の動きを重ねて日が定められているのは、
とっても良いな、と思う。

ご復活祭を迎えると、暦は新しくなる。
クリスマスから元旦にかけて、
気持ちはとてもまっさらになるのだけど、
1月4日頃から、なんとなく気持ちが普段っぽさを取り戻し、
3月にもなると、ごく普通の日常を重ねてしまっていたりする。
漫然と日を重ねかけた頃に、
もう一度、暦を始められるのはとてもありがたく感じる。

猶予している訳ではないゾ。
と、神様はおっしゃるかもしれませんけれども。

そんな中、地元ギャラリーでの小品展出品のお誘いが届く。
仙台の美術を長く支え牽引してきたギャラリーの閉廊、移転を前に、
そのギャラリーへの感謝の思いを込めて、
地元作家有志が企画した展覧会とのこと。
現在のギャラリーの場が無くなることの意味とこれからについて、
みんなで考える機会になれば、という思いもあるそう。

私自身は発表したことのないギャラリーだったけれど、
好きな作家の方が発表されることが多いので、
よく訪れるギャラリーだった。
昨年から今年、いくつかのギャラリーの閉廊を知り、
時代が変わってきていることを感じた。
仙台という地方都市でも、そんな変化が訪れているのだろう。
閉廊したギャラリーの前に立ち、
明かりの消えた暗い空間を覗いた時の
あの言葉に出来ない寂しさを思い出す。

けれど「地元作家有志」が、
ギャラリーの「これまで」に感謝し、
「これから」を探ろうという展覧会を企画するということは、
美術の場というものが、
時代の変化にさらされ消えても、
必ず、復活すると信じる者が、
仙台の街にはいるということだと思う。
私はそのことがとても嬉しいし、
その展覧会に誘っていただいたことも嬉しく思う。

新しく始まることを信じているなら、
終わりは、決して寂しくはないはず。
無くなるという経験が、復活の礎となりますように。
そう思いながら、制作に向かいたいと思う。

大津での展示に 

大津1f

大津2F

大津座敷


数寄和での展覧会は、
これまでの展覧会とは違う趣となり、
とても貴重な経験となった。
額装ということも大きかったし、
数寄和大津の空間の特別さもあったと思う。

数寄和大津のコンクリートの壁と白い壁、
障子から入る自然光。
展示のための空間でありながら、
住まいとしての趣もあるギャラリーで見る自分の作品は、
他の場所での展示とは違う見え方をしていたように思う。
自分が描いた作品ではあるのだけれど、
誰かの目を通して見ているような
自分の手から少し離れた印象がする。

「自分の子供が、どこかの誰かと知り会うことで、
 これまで自分に
 見せなかった表情をしているのに気付くような感じ」
って、こんな感じかしら、などと思う。
ほんの少し、寂しいような気持ちもあるけれど、
本人(=作品)は幸せそうなので、
それはやはり嬉しいことだな、
といった気持ちがしてくる。
見る人との対峙に緊張しながらそこに在るのではなく、
「その絵らしさ」を受け入れられた安堵感のようなものを
作品が漂わせているように見えた。
それは、作品がそのように見えると同時に、
私自身が、展覧会中いつもなら感じる緊張から解かれ、
客観的に作品を眺めていることから来る安堵感だとも気付く。

これは多分、長く表装に携わって来られた
数寄和さんならではの
「取り合わせ」の感覚と技によるのではないか
と思い当たった。
裂と書画を「取り合わせ」るように、
空間と作品が「取り合わせ」られることにより、
私の絵画に、空間の色合い、質のようなものが合わされて、
私の表現とも少し違う「場」が出来上がっているのではないか。
その「場」は、美術の自律性を重んじる表現の空間というよりも、
作品と見る人との出会いの場として、
ていねいにしつらえられた「席」のように感じられる。

ホワイトキューブのように、
ニュートラルな空間に作品があるというわけでもなく、
サイト・スペシフィック的に
場の意味が表現の要素となっているわけでもない。
作品と場とが、慎み深い関係を保ちながら、
心地よい空間となることが目指された展示といえるかもしれない。

表装は衣装に例えられることが多いという。
書画を保護し、装飾する衣装。
それは表現されたもののみを自律させようとする
現代の主流の展示とは違う展示のあり方だ。
しかし、長く日本に息づいてきた美意識のひとつの姿である。
表現者の意図が明示されることよりも、
美しい状態であることが、第一義、という価値観。
現代の美術の中で、忘れられかけている大切な部分だと思う。

「社会と美術」「コミュニケーションとしての美術」
いろいろな言葉が飛び交う現代。
美しい状態を目指して設けられた席に、
作品と人とが安堵して着くことの価値を、
もう1度、考える必要があるのではないか。
この展覧会を通し、そんなことも考えた。

このことは、美術作品というものが、
表現者だけのものではなく、
その作品を見る人のものでもあるという、
とても当たり前のことを思い出させてもくれる。
住まいのような空間の中で、
私の絵は、誰かの絵となって、保護され飾られている。
「絵を飾る」という言い方を、
専門家は使わないように思うけれど、
多くの人は、家に絵を展示する時には「飾る」と言うだろう。

私は、私の絵を飾ってくれるひとがいることを、
素直に嬉しく思う絵描きでありたい。
自分の思いから離れても、
誰かの思いを乗せることができるならば、
自分が生んだ絵にとって、
それもまた、ひとつの幸せであろうと思うから。

大津みんな

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。