OIKAWA,Satoko blog

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絵絹2 

絹2

絵絹での2枚目を制作中。
前回は絹の新鮮さに引き込まれて描き進められたが、
今回は、悩みつつ描いている。
絵絹に描くにあたって
「ここをこうしたい」というようなことが、
少し明確になったからかもしれない。

しまっていた技法書を出してきて、読み直すと、
日本画を始めた頃が思い出されて懐かしい。
紙が主流になってしまったため、
近年の技法書には、絹での技法の説明がとても少ない。
本で分からないところは、
先生や先輩に教えを乞いつつ制作している。

自分の描きかたが出来上がってきて、
ここ数年は、技法的には繰り返しのようなことをしてきた。
今回、支持体を変えることで体感する興奮や、
新たに知ることの大きさに、これまでの怠慢を反省している。
(もちろん、繰り返すことで深まることはあるけれど)

これまでの目分量をやめて、
膠も礬水も、厳密に計って作ろうと、
0.1gから計ることの出来るデジタルスケールを買ってみた。
計量カップも探し出し、眉間にシワを寄せてピッチリ計っている。

梅雨で湿気の多い頃でもあり、絵がなかなか乾かない。
絵絹は、湿気を含んでいると水を弾いて筆が進まないから、
絵の前に座ってじっと乾くのを待つ。
そんな時間のために、
もう一枚描き進められれば合理的なのかも知れないが、
乾くとどうなるのだろうと気になって、
眺め続けてしまうので、一枚に集中するより他ない。
今はそうするのが良いと思う。
日本画を始めた時もそうだった。
扱いにくい画材とは、そうして親しくなっていくのが、
きっと一番良いことだと思う。


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月刊「趣味の水墨画」7月号に 

月刊「趣味の水墨画」7月号の、

『特集 水墨画の未来へ
 ー若手作家の自由で豊かな表現ー
 (構成・執筆 立島 惠 さん)         』
のコーナーで、

石崎昭亜さん、妻木良三さん、長尾和典さん、
大舩真言さん、西川芳孝さん、川瀬伊人さん、
吉賀あさみさん と共に、取り上げていただきました。

従来の「水墨画」のイメージからは
捉えきれない制作をされている方も、
取り上げられている今回の特集です。

「趣味の水墨画」は、その名の通り、
趣味で水墨画を愉しまれる方へ向けた本なので、
若手作家にとっての、
墨という画材やモノクローム表現の意味が、
とても分かりやすい、易しい言葉でまとめられています。

月刊「趣味の水墨画」は書店にはありません。
ユーキャンの通販のみの販売です。
「見つけたら手に取っていただけたら嬉しいです」と、
書けないところが残念です。

「朝鮮王朝の絵画と日本」展 覚え書き 

5月9日(土)
「朝鮮王朝の絵画と日本」(仙台市博物館)を見た。

中国絵画はたくさん見る機会もあったのに、
私は朝鮮絵画を意識したことがなかった。
同じ東洋画でありながら、考えてみれば不思議なことだ。
朝鮮絵画を見る機会もなかったし、文献を目にすることも無かった。

今回の展覧会は、日本で、これまで取り上げられることが
ほとんどなかった朝鮮絵画をまとめて展示し、
また、同時代の日本絵画も共に展示することにより、
朝鮮絵画が日本絵画に及ぼした影響を見直すという、
日本美術史的にもとても意義深い展覧会だったと思う。

会場に行く前に、橋本慎司氏(栃木県立美術館特別研究員)による
「朝鮮王朝の絵画と雪村」」という講演会を聞いた。
スライドの始めは安堅の「夢遊桃源図」。
この絵が非常に面白かった。
遠近感がほとんどなく、画面表面に平面的に増殖する岩。
階調も少なく、コントラストが強調された墨色。

講演会で面白かったのは、
「朝鮮絵画は中国絵画として日本国内に流通したのではないか」
という橋本慎司さんの説だった。
『都には中国の絵画を始め、朝鮮の絵画も入ってきていた。
 当時、中国絵画は最先端の絵画だったから、
 都の偉い人たちはそれを自分のものとして大事にし、
 朝鮮絵画の方は、地方からやってきた人に、
 「これは最先端のアート、中国絵画だよ」と偽ってお土産に持たせた。
 その作品が、地方のお寺などに寄贈され、
 それ元に地元の画家たちが中国絵画と信じて手本とし、
 技法を学んだことにより、知らぬ間に
 日本絵画の中に朝鮮絵画の影響が入ってきたのではないか。』
というのが、橋本さんの説だ。

当時の地方文化がどのくらいの鑑定眼を持っていたか分からないので、
「朝鮮絵画と知らずに、中国絵画だと思って手本にした」かどうかは、
私には分からないけれど、
たくさんのスライドで比較された朝鮮絵画と、
日本絵画のいくつかは、非常に似通った技法で描かれており、
その影響は確かで、かつ、大きなものだと思った。

また、中国絵画にはない、キッチュさや諧謔性も、
今、大人気の若冲などに影響を与えていると思われる。
若冲、蕭白、芦雪などの「奇想の画家」達にも、
ルーツや他の影響があったと知り、私は目からウロコだった。
若冲は、日本美術に興味が薄く現代美術を好む人にも人気が高い。
このことは、漫画的な表現が流行の現代美術の感受性にも、
つながっているものなのではないだろうか。
空間恐怖的に増殖する画面、遠近感の無さ、コントラストの強さなども、
現代絵画に見られるひとつの傾向だ。
こういった傾向に惹かれる人が多い今、
朝鮮絵画を見直すには絶好の機会だろうし、
これまでぽっかり空いていた、
日本美術の大事なピースを埋めることになるように思う。

阿修羅展 覚え書き 

阿修羅

東京国立博物館で開かれていた「国宝 阿修羅展」閉幕。
総入場者数は94万6172人で、
同博物館の日本美術の展覧会として史上最多の記録となったそうだ。
私が見に行った時も50分待ちというような状態だった。
興福寺でなら、誰もいないところで、ゆっくり対面できる阿修羅なのに、と思う。
直に見ることが出来るとか、後ろを見ることが出来るとか、
いろいろ今回ならではのことがあるとはいえ、
すごい人出になったものだと思う。

どうして阿修羅はこんなにも人気なのだろう。
仏像に詳しくない人でも知っているし、
一番好きな仏像として名前が挙がる筆頭でもある。
「美少年だからかな」と私が言うと、
「3だからだ」とOTTOが言う。
OTTOが言うには、頭が3つとか、腕が3セットなのは、
カブトムシの角や昆虫の手足のように、
子供心にもキャッチーで、覚えやすい形とのこと。
「キングギドラとかもそうでしょ」と言う。

でも阿修羅像は他にもあるのだから、
興福寺の阿修羅が特別に愛されるのは
「3」だからというだけではないはずだ。
「3」好きの男子だけではなく、たくさんの女性の心を掴んだからこそ、
阿修羅人気が大きくなったのだと思う。
荒々しい闘争の神であるところの阿修羅が、
あんなに線の細い面立ちと肢体として表現されているところに、
心惹かれる女性が多いのではないだろうか。

会場では、阿修羅の周りに厚い厚い人の壁が出来上がっていた。
ギュウギュウの人だかりの真ん中で、眉を寄せて立っている阿修羅。
その様子を、少し上から眺めていると、
阿修羅がますますいたいけに見えてくる。

薬師寺展、阿修羅展と、仏像展が人気だけれど、
展覧会場で見る仏像はいつもかわいそうに感じる。
早くお寺に帰りたいのではないかなと思う。
阿修羅の背中を見たい気持ちは私もあるけれど、
仏様はきちんと前から、拝むのが本当だろうと思う。

絵絹 

絵絹1

気づけば1ヶ月以上ブログ更新をしていない。
その間、東京国立博物館で「阿修羅展」、
仙台市博物館で「朝鮮王朝と日本絵画」、
神奈川県立近代美術館 葉山で「庄司福 展」、
練馬区立美術館で「現代の水墨画2009」、
上野の森美術館で「neoteny japan」、などを見た。
それぞれの感想をメモ程度に記してはいるけど、
まとめないままひと月過ぎてしまった。

というのも、絵絹に挑戦中で、頭が文章側に動かないからだ。
以前、ちょっと試したことはあるけれど、
今回、きちんと絵絹での制作に取り組んでいるところなのである。
紙とはまるで違う感触に「へぇー」「ほー」と思っているうち日が暮れる。

紙に描く時は、下図を紙にトレスするが、
絹の場合、その透ける性質を利用して、
下図を絹の下に置き、透かして描く。
ちょっとした拍子に、
下図が動いてずれたりすると、図像が二重になる。
それがまた面白く思う。
透けているものというのは、
どうしてこんなに不思議で面白くて綺麗なんだろう。
これから着彩していくのだが、
最後まで、この透ける印象を保つよう、
絵の具で塞いでしまわないよう心がけたい。

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