OIKAWA,Satoko blog

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「路上」第113号に 

路上

歌人で賢治研究者の佐藤通雅さんが発行されている
「路上」第113号(2008年4月10発行)の映画特集に、
「デッド・ゾーン」(監督クローネンバーグ)について書かせていただきました。

路上・公式サイト
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尖展搬出そして帰途 

尖搬出

13日。搬出の日を迎える。
(左は藤岡雅人さん、右は寺村里香さんの作品)

搬出には、リセット効果があるように思う。
物悲しさと共に、新しくまた制作をはじめる意欲が湧いてくる。
展示の期間に得た、さまざまな気づきを、
これから実践するのだと思うと、心地よい緊張感を感じる。

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写真は林 孝二さんの作品。展示の時の様子。

今回のような展示も自分たちで行う形のグループ展は本当に久しぶりだった。
あらためて振り返ると、大学院の卒業展以来かもしれないと思う。

尖のみなさんの搬出入の際の動きには、感服した。
大きな作品が多いので、
自分だけで自分の展示をするという訳には行かない。
みんながそれを承知しているから、
全体で展示がスムーズに進むよう、
合理的なチームワークで展示や搬出が進んでいく。
尖は合評のようなことをしないのだと聞いた。
「制作は自己責任。展示・搬出はチームワーク」
これだけの広い会場を、13人というメンバーで成立させる展覧会を、
15年続けてこられたのは、こういった姿勢によるのだろうと思った。

また、今回の尖展参加して一番印象深かったのは、
メンバーの方々が「日本画を描いていること」に、
揺るぎない自信を持っているように見えたことだ。
それは「京都」という土地に対する自信にも
裏打ちされているように思えた。

その点で、私は正反対なのだと感じる。
私は自分の在りようが、
何かに裏打ちされた価値を持っていると実感したことがない。
それは、日本画科のない美大で
日本画を描き始めたことに由来するのだろうし、
東京を模したような地方都市で育ったことも影響しているだろう。
でも、それが自分の立ち位置なのだと思っている。
寄る辺無い中を進んでいく緊張が、
これまでも、どうにか私に道を示してくれた。
本流とは思えない、私が通るだけの細い道。

自分だけの細道と思ってきた道が、
時に誰かが歩んでいる道と、クロスすることあると、
今回、体験できたことは本当に楽しかった。
ここから、それぞれの歩みを続けると、
その先でまた出会えるかもしれない。
その時には、もっと深まった自分でいたいと思う。

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6日から13日まで、天気に恵まれた8日間。
空は青く、陽は強く、私はすっかり日焼けしました。

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飛行機に乗れば、1時間ほどで宮城に着く。
空に夕日の朱が差し始める。
旅は終わりを迎え、また画室にこもる日々になる。
今回、得た多くのことを活かすべく、制作に励もうと思う。

尖展会場 4月11日・12日 

4月11日・12日は尖展会場で過ごす2日間。

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会場、京都市美術館本館玄関の「尖展」の看板。

11日。
朝から多くの人が入場してくださる。
「尖展はとてもたくさんの入場者がありますよ」と、
以前招待作家として出品された方から伺っていたが、
それを目の当たりにすると驚いてしまう。
今回は4千人近い入場者数だったそうである。
昨今、美術館は話題の企画展でもなければ閑散としているものだ。
京都での「尖」の人気をあらためて感じる。

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(手前はマツダジュンイチさん、奥は私の作品)

私にいただいた壁面の展示可能なスペースは30m。
(壁面自体はもっと長い)
このスペースをマツダジュンイチさんと2人で使用させてもらった。
私の展示作品の高さはすべて182cm。
マツダさんの作品もほとんど高さが同じだったので、
実にシンプルな展示構成となる。
その分、作品内容が伝わったように思う。

sito.jpg

横幅が、写真左奥から、横幅91cm、182cm、455cm、182cm。
上記の写真には写っていないが、
もう1点、182cmスクエアの作品を右スペースに展示してある。
4月6日についてのエントリーに書いたように、
この4点は、それぞれ制作時期も違う、独立した作品だけれども、
あえてひとつの作品としても見えるように展示してみた。
この4点が、このような形で並ぶことは、きっと、もう2度とないだろう。
このことひとつとってみても、
京都に来て、尖展に参加して良かったと感謝している。

2時から、アーティストトークがはじまる。
自分の絵について、いつも話すことを話すのだから、と、
悠長に構えていたにもかかわらず、
実際話し始めると、すっかり緊張してしまった。
ネットで数年来交流させていただいている方が来て下さっていたので、
トーク後、「緊張してしまいました!」と駆け寄り、笑顔で迎えてもらう。
地元を離れ、ひとり旅の先にも、
支えてくれるお友達がいることを、ありがたく思う。

トークでは、

・私は東北・宮城在住。

・モチーフは、畦道などで冬の朝見つける、
 地面に出来た小さな薄氷の景色である。

・薄氷の世界を凝視すると、視野いっぱいに薄氷が広がって、
 小さなはずの薄氷が、私自身を取り囲むほど大きく感じられる。
 小さな面積の景色を、大きく描くのは、単に拡大しているのではなく、
 自分の視覚体験からすると、むしろこれが実物大であるということ。

・横長の構図は、時間を表現するのに適していると思う。
 氷は、形を持たない水がひととき、形を保つ状態であり、
 しかし、厳密にはゆっくりと溶け続けている(もしくは凍っていく)。
 京都市美術館の長い壁面を活かし、
 横長の構図に表現することで、
 その時間の経過を見るひとに感じてもらいたい。
 見る人の目の中で、氷がゆっくり動いて感じてもらえれば嬉しい。

といったことを話した。

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尖展の受付近くのテーブルには「私のお気に入りコーナー」があった。
出品者それぞれが自分のお気に入りの画材や本などを展示している。

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「自分がインスピレーションを受けるものを、
 お気に入りとして持ってきて下さい」
とのことだったので、
私は、石粉粘土で自作した「愛娘犬」を連れてきた。
着彩はアクリル絵の具である。

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本物の愛娘犬と粘土の愛娘犬。愛娘犬の名前は「ネル」。
寝てばかりいるし、手触りがフランネルのようだから「ネル」。

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私の絵のモチーフは、ほとんどがネルとの散歩中に見つけたものだ。
ネルの目線と鼻は地面に近く、人間が見落とすものを、しっかり見つけ出す。
動体視力も素晴らしいから、小動物の存在も教えてくれる。
ネルと共に歩くことで、私自身も地面の近く、
また同時に遥か遠くを、知覚できる気がする。

ネルのつやつやの鼻。
耳の辺りの、やわらかにウェーブのかかった毛。
ふさふさの尻尾。
野生を残した小さな犬歯。
彼女のすべてが私のお気に入りである。

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11日が終了。会期は残すところ、あと1日。
この日は、一般参加の懇親会が開かれた。
(写真に写るのは、招待作家の坂内圭さんの作品)

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私はジャスミン茶で乾杯後、いったん会場を出て、
カトリック河原町教会でご復活徹夜ミサに与る。
旅先でも、教会の中は同じ空気、同じごミサ。
ここのお御堂の中の人々とは、
これまでも、そしてこれからも、語り合うことはないのに、
心の奥底で、最も大事なものを共有しているのだから不思議である。
コミュニティーというものが苦手な私だが、
こうして、自分は人とつながっているのだろうか、と思う。

2時間のごミサが終わり、
時間も遅いし、そのままホテルに戻ろうかと思い、
その旨、電話をすると、
「無理強いはしませんが、せっかくだから…」との言葉。
電話の向こうから聞こえる楽しそうな声に引かれ、
「尖」懇親会の会場に戻る。改めてワインで乾杯。
こんなにたくさんの同世代と話すのは何年ぶりだろう。

懇親会もお開きとなり、ホテルに戻る。
楽しい酔いの余韻を感じつつ、ほうじ茶を飲んだ。
「ちっともひとり旅じゃないな」と思いながら。

12日。尖展最終日。
この日のアーティストトークは、前日よりしっかり話せたように思う。

12日には、出品者の反省会が開かれ、
今回の展示での意見交換と共に、
尖のみなさんの、結成当初のお話など伺う。
私は、今回参加させていただいたことへの
感謝気持ちを述べさせてもらった。

この2日間で、
大学時代の同級生にも久しぶりに会うことが出来ましたし、
ネット上でおつき合いを続けてきた方と、
はじめてお会いすることも出来、とても嬉しかったです。
11日、12日両日共に来て下さった方もおられ、
大変ありがたく思っております。

明日は4月13日、搬出の日のことなどまとめてUPします。

彦根 4月10日 

4月10日は初めての彦根。
小学校からの幼なじみ、そして、ひこにゃんに会いに行く。

・埋木舎
・彦根城
・玄宮園
・彦根城博物館 をめぐる。

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彦根に向かう電車時間まで、新大阪駅のロッテリアでコーヒーを飲む。
ファーストフードのコーヒー。何の変哲もない駅の様子。
でも、初めての土地から、初めての土地に行くと思うと、
ちょっと心細いような、それがまた楽しいような気持ち。

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幼なじみのご主人に彦根駅まで迎えに来てもらった。
幼なじみと、ご主人と、赤ちゃん二人と私で、
夢京橋キャッスルロードにある「あゆの店 きむら」でお昼をいただく。
私と幼なじみは「あゆ雑炊御膳」、ご主人は「鮒鮨汁御膳」。
私は鮒鮨というものを間近にするのは初めて。
店内の数人がこの「鮒鮨汁御膳」を食べ始めると、
空気が細かに発泡するような、何とも言えない刺激的な香りが漂い、
「こ、これが鮒鮨か!日本代表発酵食品の威力なのか!」と、
しばし固まった私でありました。
あゆ雑炊、あゆの塩焼きはとても美味しかったです。

今年の4月10日は、カトリックの暦で「聖金曜日」。
イエス様のご受難を思う日なので、
大斎(1日1回十分な食事を摂り、あとの2食は少量とする)と、
小斎(お肉を食べてはいけない)を行わなければいけない。
お肉を食べないことは、西洋人にはつらいかもしれないけれど、
日本人の私には特につらくないので、
例年は自分でお魚も我慢することにしている。
でも、今日はせっかく幼なじみとの食事だから、お魚を許してもらい、
その分、夕飯を食べないことにした。

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偶然、カトリック彦根教会を見つける。
「明日は御復活徹夜祭ですよ。心の準備は出来ていますか?」
と言われている気がする。
幼なじみに待っていてもらい、お御堂に入る。
「今日はお魚を食べましたが、夕食は食べません」と約束する。

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(井伊直弼がお客をもてなす様を、看板イラストで再現しているのだが、
 かなりシリアスさに欠けるイラストなのが残念。)

幼なじみが行ってみたかったという「埋木舎」に行く。

井伊直弼という人物には、違勅の臣のイメージもあるが、
彦根では、井伊直弼は英雄であり、
日米修好通商条約の締結、
開国の断行という直弼の選択と行動は、
日本国益のための大英断だった、
という歴史解釈が徹底している。

井伊家では、世継ぎ以外は、他家に養子に行くか、
家臣の養子となってその家を継ぐか、
寺に入るのが決まりだったそうである。
井伊直弼は、11代藩主 井伊直中の14男。
「14男じゃ自分の番は絶対こないと諦めもするよね。
 自分は埋もれ木だって思うと思うよ」と幼なじみ。
直弼は、行き先が決まらず、兄が藩主になったため、
17歳から32歳までの15年間を、城下の「控え屋敷」で暮らした。
その控え屋敷が「埋木舎」である。

世の中を よそに見つつも埋れ木の 埋もれておらむ 心なき身は

と、直弼は詠んでいる。
埋木舎は小さく、質素な屋敷だった。
ここで、お茶や歌、能、武道に励んだ直弼の青春を思い、
教科書で学んだ井伊直弼とは違う、人間としての直弼を想像した。

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昨日までの「寺院」とはまるで違う「城」の趣を味わいつつ、
いよいよ彦根城に向かう。

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彦根城天守前に、ひこにゃん!
幼なじみが「ひこにゃんスケジュール」を教えてくれていたので、
もちろん、事前にチェックし、ひこにゃんに合わせて天守前に到着。
ひこにゃんのサービス精神は素晴らしく、
集まる人々みんなを満足させるパフォーマンス。
シャッターチャンスの作りかたも完璧。さすがゆるキャラNo1である。
■ひこにゃん特設サイト

むすび丸1

ちなみに、宮城県観光PRキャラクターは「むすび丸」です。
キャラクターというよりも、マークとしての完成度が高く、
ゆるくない感じがしてしまう「むすび丸」。
全身バージョンだと、ちょっとゆるくなる。
むすび丸2
ちょっと「よつばと」のダンボーを思い出す。
■むすび丸プロフィールはこちら

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ひこにゃんを見てから天守閣を見ると、
どことなく、可愛らしい相貌に見えてきて不思議。

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天守閣の階段は、はしごのように急で膝がガクガク。

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天守閣の窓から、彦根を見る。遠くに琵琶湖。

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江戸時代には「槻御殿」と呼ばれた彦根藩下屋敷「玄宮楽々園」。
その庭園部分が「玄宮園」と称されている。

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中国の瀟湘八景、あるいは近江八景を模して作庭されたといわれる廻遊式庭園。

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安土桃山時代から江戸時代に建造された天守が現存するのは全国で12ヶ所。
その内、国宝に指定された現存天守のある4つの城のひとつが彦根城。
仙台の青葉城には天守閣がない。寂しいことです。
(土井晩翠は、天守閣のない青葉城趾で「荒城の月」を構想したといわれる)

幼なじみと、お土産物屋さんでたあいのないことを、
時間の許す限り話した。
数日間、関西弁に包まれていたから、東北の言葉がしみじみ嬉しい。
「元気でね」と彼女と別れると、
急に里心がついたみたいに、プチホームシックになる。
彼女は、ハードボイルドな人だから、
別れ際、何度も振り向いたりしない。
小さな子供二人を連れて去っていく彼女の後ろ姿に、
地元を離れ、親戚もいない土地に暮らし、
子育てをしている強さを感じた。

約束通り夕飯は食べず、
ホテルが部屋に用意しているほうじ茶をゆっくり飲む。
明日は尖の会場に行く。
どのくらい人が来てくれているのだろう。
どんな空間になっているだろう。
アーティストトークは私もするのかしら。
……などと考えつつ、眠るのだった。

明日は尖展会場での11日、12日の2日間をまとめてUPします。

京都2日目 4月9日 

4月9日は京都2日目。

・平等院
・宇治川沿いを散策
・宇治カトリック教会
・東寺
・東寺宝物館
 「五重塔初層特別公開記念 東五重塔の歴史と美術」
・観智院 をめぐる

今回の旅では、あらかじめ京都と奈良のガイドブックを購入して、
どこをどう回るか考えていた。
京都のガイドブックには「庭」「源氏物語」など、
さまざまなテーマに沿って、モデルコースが紹介されていた。
計画当初は「庭」をめぐりたいと思っていたのだが、
桂離宮などは半年前から予約しなければ観られないし、
「源氏物語」は未読なので、
(必読の書とは思いながら、人間模様の切なさに、
 何度手にしてもくじけてしまう)
まずは読んでみなくては、その場に立っても感動は薄いだろうし……と、
テーマを定められぬまま、京都に着いた。

京都、奈良に着くと、お寺をめぐりたいという気持ちが起きてくる。
(こんなにお寺や仏像が好きなクリスチャンというのも珍しいだろう)
私の中の京都らしいお寺、筆頭は平等院だ。
この世に作られた浄土を拝観に、宇治に行こうと決めた。

平等1

今回の旅は天気に恵まれ、例年よりも桜の開花も早まって、
どこへ行っても満開の桜に包まれた。

平等2

優美な鳳凰堂と満開の桜。
池に空の青と桜の色、鳳凰堂が映る景色は幻想的。

平等3

鳳凰堂の中も拝観した。今は寂れた色の板絵や仏像が、
極彩色だった昔を想像する。
平安時代の仏像は、やわらかで繊細で女性的。
救われたいと思う信仰が、
こうした優しい姿を求めたのだろうとしみじみ思う。

宇治

平等院から、お花見をしながらゆっくりと宇治川沿いを散策。
奈良でのスケジュールいっぱいの観光ではなく、
宇治のはんなりした空気を、ゆったり感じて。

宇治2

空気が金泥でもまいたように、きらきらして感じられる。

橋のたもとでぼんやり遠くを眺めていたら、
川の向こうに、緑色の電車が走るのが見えた。
手前の朱色の橋と補色になって、まるで大和絵の色合い。

宇治6

赤や朱、ピンクなど、私は苦手なのだけれど、
こんな風に、赤い色に包まれていたら、違っていただろうと思う。

宇治教会

散策していると、カトリック宇治教会を見つける。
今年の4月9日は聖木曜日にあたる。
お御堂に入ってロザリオを一連お祈りする。
「お寺ばかり回っていてすみません」と思いながら。

はばたん

いったん、京都駅に戻ると、兵庫のゆるキャラ「はばたん」がいた。
カメラを向けた私に、速効ポーズをとってくれる。さすが。
「昨日は東大寺でせんとくんのストラップを買ったし、
 明日は彦根でひこにゃんに会うよ!」と、心の中ではばたんに告げる。

東寺1

「京都なら東寺だろう」と父にアドバイスされ、東寺に向かう。
道々、たくさんの外国人観光客に会う。
さすが世界的な観光地だなと思う。
こんなに海外の人が「JAPAN!」と思って訪れるのだから、
なまじ、アルファベットを多用したり、
無国籍なデザインは興ざめだろう。
京都の人が、京都を好きで、
「日本なるもの」に自信を持っているのも、うなずけると思った。

東寺4

もともと延歴15年創建されたという金堂は焼失。
現在の東寺の金堂は、桃山時代に建てられたそうである。
豪快でありながら、どこか優雅さも漂う趣。桃山だものなぁと思う。
天竺様の構造の中に、和様も取り入れられた建築とのこと。

金堂に入ろうとすると、観光バスらしき団体と一緒になる。
作業衣を来た女性が、
金堂の説明と薬師如来はじめ、それぞれの仏像の説明をしている。
とても分かりやすいので、まるで一員のような顔をして聞いていた。
「はい。では講堂に移ります」と言われ、
みんなが列をなして歩くので、私も後ろをついていく。
とはいえ、やはり気が引けたので、旗を持った搭乗員さんに、
「私は団体じゃないのですが、歩みが一緒の場合、
(説明を)聞いていても良いのですか?」と尋ねると、小声で、
「……ん、まぁ。どうぞ」と、答えてもらった。
なので、次の講堂では、
真ん真ん中に座って、しっかり説明を聞く。
さっきの搭乗員さんが、困惑気味にしている。
「では、五重塔に進みます」と、
作業衣の方が言うと同時に列を離れた。
塔の中は狭いということで、
五重塔の説明も講堂でしてくれたし、
講堂には私の好きなお不動さんがいたので、
ゆっくり拝観したいということもあり、再びひとり行動に戻る。
搭乗員さんもホッとしたことだろう。図々しくてすみません。
とても勉強になりました。ありがとう。
何体も仏像が並んでいたけれど、
帝釈天、梵天がボリュームがあり、心惹かれた。

東寺2

4度の落雷に合い、現在5代目の五重塔。
高さ54.8m、日本最高の塔。
古都京都の避雷針になってしまっていたのだろうか。
風水でみると、この五重塔は平安京にとって、
「気」をせき止める役割をになっているとの記述をネットで見つけた。
木造なため火には弱いけれど、耐震構造に優れ、
地震で倒れたという記述は無いそうである。

東寺3

連日の晴天、気温の高さに、桜も散り始める。
塔のシルエットを前に、桜吹雪が舞っていた。

東寺の次は、東寺の塔頭寺院である観智院に行く。
宮本武蔵の描いた「鷲の図」を観ることが出来て嬉しかった。
一乗寺下がり松での決闘の後、吉岡一門の報復を避け、
武蔵が3年間隠棲していたのが観智院。
京都では、一乗寺下がり松に行ってみようかとも思っていたが、
ここで武蔵の足跡に触れられて良かった。
武蔵といえば、内田吐夢監督の「宮本武蔵」シリーズ。
なかでも、「一乗寺の決斗」が私はもっとも好き。
家に帰ったら、あらためて見直してみようと思う。

昨日まで、奈良に泊まっていたのだけれど、
今日は新大阪のホテルに泊まる。
観光シーズンの京都には、宿が取れなかったのだ。
「新大阪」だなんて、こんな機会でもなければ、
一生思い浮かべることもなかったであろう地名。

てんぷく

ホテルで、とりあえずテレビを付ける。
私はホテルに泊まる時、ずっとテレビを付けている。
消すと、なんとなく怖いから。
この日は、なつかしのテレビということで、
「てんぷく笑劇場」を放送していた。
物心つく頃に見ていた記憶。嬉しくてパチリ。

満点

満点パパ。大好きでした。

太郎1

新大阪のホテルは、ひとりではもったいないくらいの広さ。
ベットも広い。
無駄に手足を伸ばして、
出来るだけ立派な大の字を目指し、寝てみたりした。

写真は旅のお供の太郎君。
Sylvia Nattererさんという人形作家さんの人形です。
旅行にはいつも連れていきます。
■ Sylvia Natterer 公式サイト

明日は4月10日、彦根での1日をUPします。

奈良2日目 4月8日 

4月8日は奈良2日目。

・興福寺
・興福寺国宝館
・奈良国立博物館「鑑真和上展」
・東大寺
・正倉院
・二月堂
・春日大社
・薬師寺
・唐招掲寺
・垂仁天皇陵 をめぐる。

鹿1

奈良公園の愛しの鹿さん。
鹿さんは天使なので、やはり鹿せんべいをあげなくては、と、
鹿せんべいを購入した途端、数匹に囲まれ、
お尻を噛まれた揚げ句、鼻で押されて側溝に落ちたワタクシ。
でも鹿さんは可愛いです。

興福寺

本日最初は興福寺を拝観。
興福寺国宝館は私の好きな仏像が多くある。
中でも、金剛力士像と天灯鬼・竜灯鬼像。
カモメ眉の私は、天灯鬼・竜灯鬼に、近親感を持ってしまう。

興福寺と言えば、阿修羅像だけれども、
現在、東京国立博物館で「国宝 阿修羅展」が開かれているため、不在。
もちろん、阿修羅展のチケットは入手済み。
6月までには上京して、阿修羅に会いに行く予定。
ちなみに、阿修羅展に際し「阿修羅クラブ」なるものが設立されている。
当然、私は会員です。
会員が阿修羅展に行くと、
阿修羅のシルエットをかたどったピンバッチをくれることになっている。
興福寺国宝館の窓口の女性の胸に、そのピンバッチが光っていて、
ちょっと嬉しい気持ちになったりした。
■阿修羅ファンクラブ公式サイト

花祭

興福寺南円堂の前に人が集まっている。

花祭1

テントの中には花御堂。4月8日は花祭りだったと気が付く。
この日は、今年のカトリック暦で聖水曜日。
ご復活祭(イースター)を前にした大事な3日間の始まりの日。
春のこの時期を、洋の東西共に、
復活や誕生といった大切な日と定めていることを、感慨深く思う。

鑑真

奈良国立博物館で「鑑真和上展」を観る。
(会期 2009年5月24日(日)まで/月曜休館/)
「唐招提寺のトルソ」とも呼ばれる「如来形立像」の前で立ち尽くす。
どうしてこんなに美しいのだろうと思う。
■奈良国立博物館公式サイト

東大寺と桜

続いて、東大寺へ。
晴天の下、満開の桜と東大寺。
以前、来た時には「大仏さん大きいなぁ」としか思わなかったけれど、
今回は、とても胸に響くものがあった。
「The お寺」ともいうべき、気が満ちており、大らかで清々しい。
法隆寺が短調の調べの美しさならば、
東大寺は長調の美しさに通じているように思う。

東大寺の花

花で飾られた八角灯籠。お釈迦さまのお誕生日のお祝い。

花祭2

多くの人が並んで、誕生仏に甘茶をかけている。

大仏

ほとんどの堂内は撮影禁止だが、東大寺は大丈夫。
「大きいから」だろうか?

くぐる1

柱の穴をくぐろうとする人。
悪行を行っていない人はくぐれるそうだ。

くぐる3

おっ。

くぐる4

おぉー! おめでとう。

ゴスロリ

ゴスロリさんと鹿さんのふれあい。

二月堂

二月堂から桜を見渡す。

自分

二月堂の石段で、ひとり記念撮影。

正倉院

満開の桜を中を散策しながら正倉院へ。
宝物の象牙や螺鈿の色を思い出してみる。

にしんそば

お腹が空いたので、食事処に入る。
せっかくの京都だから(ここは奈良だけれど)、
生まれてはじめての「にしんそば」に挑む。
まず、ビジュアルに驚き、
次に、そばとにしんの相性に疑問を持ち、
しかし、せっかくの経験だからと完食。

春日

お腹も一杯になったので、元気に春日大社への道を登る。
春日灯籠の間から鹿さん。
ここの鹿さんは物静かに見える。
でも鹿せんべいを見たら豹変してしまうのだろうか。

さすがに疲れてきて、もうホテルに帰ろうかとも思ったけれど、
薬師寺と唐招提寺には行っておかねばと、気力を振り絞ってみる。
徒歩からバスに切り換え、車内で足を休めた。

薬師寺

薬師寺にたどり着く。
薬師寺には、現代彫刻家の中村晋也氏による十大弟子がある。
白鳳時代の仏像と、現代彫刻が並んでいる様は不思議だった。
三尊それぞれが掴む空間の大きさと、
十大弟子が展示されるのに想定されている空間の大きさが、
だいぶ違いすぎるのではないかな、と思う。
三尊と、十大弟子を、それぞれ別の空間で見たいと思ってしまうのは、
私が、信仰の目ではなく、美術の目で見てしまっているからなのだろう。

薬師寺には、平山郁夫氏の壁画を「絵身舎利」として祀るための、
大唐西域壁画殿がある。
「絵身舎利」というのは、他にもあるのだろうか?
絵画を舎利とし、それ自体を祀るということに、私は驚いてしまった。

唐招提寺

今年の秋、平成大修理落慶法要が予定されている唐招提寺金堂。
唐招提寺も特に好きなお寺である。
学舎としての、真っすぐな精神が宿っているように感じる。
午前中、奈良国立博物館で「鑑真和上展」を観ただけに、
その精神を一層強く感じた。
仏の教えを本当に知りたいと思った、いにしえの日本人と、
伝えることを使命と思った異国の僧の生涯に、あらためて感銘した。
私が奈良を好きなのは、時代を経て、
建造物や仏像が寂びているからだけではない。
奈良時代、日本における仏教が、純粋で熱心な状態にあり、
その信仰心から生まれた造形がたくさんあるからだと思う。
京都は浄土への思いが強く、極楽を表現することへの熱意に満ちている。
でも、きっと、私が共感する信仰というのは、来世を望むことではなくて、
教えに対する切望なのかもしれない。

戒壇

唐招提寺の戒壇の前で、戒壇院は東大寺だったということを思い出し、
がっくりと膝をつきそうになる。
今回の旅で、もっとも後悔していることは、戒壇院に行けなかったことだ。
あぁ、四天王……。

垂仁

垂仁天皇陵と、悲しき田道間守の墓を眺めながら、帰途につく。

明日は、京都2日目。4月9日をまとめます。

奈良1日目 4月7日 

4月7日は奈良1日目。

・法隆寺(百済観音堂・大宝蔵院「法隆寺秘宝展」等)
・藤ノ木古墳
・中宮寺
・法輪寺
・法起寺
・古梅園 をめぐる

松並木

法隆寺駅から、あちこちきょろきょろしながら歩く。
久しぶりの奈良という嬉しさと、ひとり旅の緊張で、やや落ち着かない。
しばらく行くと無事、法隆寺の参道が見えてきた。

法隆寺南大門

参道を通り抜ければ南大門。
いよいよだな、と思うと口元がゆるむ。
「聖徳太子さま、お久しぶりです」と思う。

法隆寺中門

法隆寺西院伽藍の中門、この真ん中の柱を見ると、
法隆寺に来た、という実感が湧く。
とうせんぼをくぐる気持ちで中に入る。

夢殿

私は法隆寺に、他の寺院にはない、とても神秘的なものを感じる。
中門の柱や、夢殿、百済観音。
それは言葉で言い表せないような、
陰りを帯びた不思議な魅力で、
幼い時訪れて以来、私を捕らえ続けている。

今回の観光の最初は法隆寺と決めていた。
私がさまざまな美術品、工芸品のなかで、
もっとも最初に「美しい」と思い記憶したのは「玉虫厨子」だった。
今回はその玉虫厨子をあらためてちゃんと見てこようと思っていた。

玉虫厨子は、百済観音と共に百済観音堂にあった。
百済観音も子供の私の心をぐっとつかんだ仏像だ。
その二つが並んでいる。
私の記憶ではバラバラにそれぞれのお堂におさまっていると記憶していた。
百済観音はもっと暗い部屋にあり、玉虫厨子はもっと明るい部屋で、
ガラス越しにではなく間近に見たという鮮明な記憶があった。
記憶よりも百済観音は何か「あからさま」な感じがしたし、
玉虫厨子には艶がなかった。
記憶の中の百済観音は、暗闇にボウッと浮かぶ幻影のようで、
記憶している玉虫厨子は、漆の落ち着いた艶めきがもっと美しかった。

父に電話して、私が子供の時見た時も、百済観音と玉虫厨子は、
同じ所に展示されていたのか尋ねると「そうだよ」という。
「ガラス越し?」と言うと、やっぱり「そうだよ」との答え。
「子供だったから感受性が豊かだったのかなぁ」というと「そうだよ~」という。
ショックである。
あまりに心の中であこがれが大きくなっていたのかもしれない。
なんだか、まったく、ショックであった。
自分の感受性の衰えもあるだろうし、
長く、きちんとしたライティングのもとで撮影された図版を見続けていたから、
暗い展示室内での見え方とのギャップが生まれたのではないかと思う。
そう思うと、事前の知識なく、まっさらな目で幼いときに実物を見たことが、
むしろ、とても幸福なことだったのかもしれないという気がしてきた。

管理人らしき人が、懐中電灯を持ってきて、
玉虫厨子をちらっと照らした。
その瞬間、黒と朱の色が目に飛び込んできた。
記憶の中の玉虫厨子の艶と実際のお厨子の艶が、
一瞬重なったように思えた。
あの瞬間が、玉虫厨子との再会の時だったと思おうと決めた。

藤木古墳

法隆寺を出て、藤ノ木古墳へ。
古墳の入り口にはドアが設置されており、
ドア前に立つと、しばらくの間古墳内が照明で照らされ、
中がドア越しに見られるようになっていた。

中宮寺

藤ノ木古墳から、中宮寺、法輪寺と歩いてめぐる。
快晴の空の下、どこまでものどかな田園が広がり、
歩きながら眠り込んでしまいそうになった。

法起寺

法起寺にて、足を休めた。
そういえば、10年くらい前、奈良に来た時、
ふいに雨に降られたのは、この法起寺。
お天気雨だったから、
陽に当たりながら降る雨粒が光の糸のようだったことを思い出す。

古梅園

7日に予定していたところは全て回り、
1度ホテルに戻ったのだけど、時計を見ればまだ4時前。
このまま部屋で過ごすのはもったいないので、
近鉄奈良駅傍の墨の老舗「古梅園」に行く。
今は、鈴鹿の墨を多く使っている私だが、
はじめて覚えた墨屋さんの名前は古梅園だった。
立派な門構えに気圧されて、入るかどうか悩んだけれど、えいやっと入ってみた。
(6日に訪れた彩雲堂さんも、藤岡さんがいたからすっと入ることが出来たと思う。
 ひとりだったら、入る勇気が出なかったかもしれない。)
店には、いつもカタログや日本画材店で見る墨が並んでる。
特に、本店だからという墨はない。
ならば、いつも画材を購入しているお店で購入すればいいかしら、と思う。
いつものお店なら、なるべく古い墨を送ってくれるし、セールもあるし……
と、お店の方に軽くお辞儀をして、そおっと古梅園をあとにした。

明日は奈良2日目、4月8日の記録をUPします。



京都へ 4月6日 

4月6日(月) 京都へ飛ぶ。
京都を中心に活躍されている、日本画グループ「」の展覧会に、
今年だけの参加をさせていただくことになった。
搬入の6日から、搬出の13日まで。7泊8日の旅。
生まれてはじめての長いひとり旅である。
大好きな奈良、あこがれの京都、幼なじみの住む彦根。
どんな展覧会になるだろう、
そしてどんな旅になるだろうと期待に胸をふくらませて、
仙台空港から、伊丹空港へ飛び、空港からバスで京都に向かった。

京都駅2

私は京都駅の天井が好き。
本当はしばらく眺めていたいけど、そうもいかないので写真を撮ってみる。

京都市美術館

ここが会場となる「京都市美術館」。
地元の人は、岡崎美術館とも呼んでいるそうである。
時代を感じる、洋風+和風の建築だ。

尖展示

会場の見取り図を事前にもらった時、その広さに驚いた。
「(壁面は)20mくらい使ってくれて良いですよ。」と、
尖のメンバーの方に言って頂いていたので、その広い壁面を活かしたいと思った。
そこで、高さが182cmの作品を5点選び、出品。
シンプルに高さを揃えることで、自分の壁面に統一感を持たせようと思った。

展示始めは、全体としての統一感は感じつつも、
1点1点を独立して見ることができる展示にしようと思って配置していた。
そこに、私の隣に展示されるマツダジュンイチさんが、
「こうすると一枚の絵になるよ」と、声をかけて下さって、
私が最初に並べていた並びを入れ替えて見せてくれた。
なるほどその通り!であった。

(写真は展示の業者さんではなく、
 尖のメンバーと、そのお友達や生徒さんなどのアルバイト。
 展示のプロのようなチームワークに感動)

尖会場

「1点1点を独立して見ることのできる展示」か、
「同じシリーズの作品をひとつのまとまりにする展示」を取るか悩んだが、
せっかくの京都市美術館の長い壁面を活かそうと、後者を選択。
これから先、これらの作品を一列に並べられる機会などありえない。
今回の展示の意味を深める良い選択だったと思う。
ヒントをくれたマツダさんに感謝。

展示全体

会場ではさすがに引きが足りずに、全体が写せなかったので、
二枚の写真を合成し、絵の配置を再現したのが上記の写真。
左から4点が、ひとまとまりに見えるよう、間隔を狭めて展示してみた。
(右の1点は少し印象が違う作品なので、少し離してある。)
この4点は、2006年から2009年の間に制作したもので、
繋げることは想定せずに描いたもの。
にもかかわらず、ひとつの流れが感じられて自分でも驚く。
私のムーヴメントなのだろうか、と思う。

搬入を終え、
今回の尖展出品の声をかけて下さった、
藤岡雅人さんに連れられて、
京都の彩雲堂さんへ向かった。
日本画材一般を取りそろえたお店だけれど、
特に水干絵具の美しさは素晴らしいと、
藤岡さんはじめ、尖の皆さんがおっしゃる。
実際、その水干絵具を目の当たりにすると、
やわらかで上品な色と風合いに驚く。
どれもこれも素敵だったが、今回は1箱分13色を選んで購入。
「本当にやわらかそうで、落雁みたいに見えます」と私が言うと、
「ラムネみたいに溶けますよ」と藤岡さん。
藤岡さんには「伝説の色マニア」という異名がある。
絵の具への愛情が底なしの方だ。
藤岡さんと店主さんのお話はつきることがなく、
傍で伺っているだけで、とても勉強になった。

店主さんは、1番の尖の理解者、支援者なのだと藤岡さん。
いろいろお話しているうち
「画帖は描かれますか?
 鳥の子と、日本の画仙紙とどっちがよろし?」と、店主さん。
鳥の子ならどうさをしなくても滲まないし、画仙紙なら滲みを活かす表現ができる。
「今までの制作の延長線なら鳥の子ですし、挑戦してみたいのは画仙紙です」
と、優柔不断なことを言っていたら、2冊とも譲っていただいてしまった。
描き上げるのに、何年かかってもいいという約束。
この画帳を持って、また京都に来なければな、と思う。

「京都市美術館だからこそ」と思える展示が出来、
上質な絵具も求めることが出来て、
充実した気持ちの京都の初日となった。

明日は4月7日、奈良での1日をまとめてUPします。

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尖 の代表者である山本俊夫さんが、現在個展を開かれています。

「山本俊夫展」
2009年4月14日(火)~19日(日)
11:00~18:00(最終日17:00まで)
アートスペース東山(三条通神宮道東入ル)075-751-1830

尖メンバーのマツダジュンイチさんが出品される展覧会が、
練馬区立美術館で開かれます。

「現代の水墨画2009 水墨表現の現在地点」
2009年4月21日(火)~5月31日(日)
10:00~18:00(入館は17:30まで)
練馬区立美術館 企画展示室1・2
一般 500円、高大生と65~74歳までの方 300円 (各種割引あり)
*中学生以下と75歳以上の方無料
出品作家
伊藤 彬、中野嘉之、箱崎睦昌、
正木康子、八木幾朗、呉 一騏、尾長良範、
浅見貴子、マツダジュンイチ、三瀬夏之介、田中みぎわ

尖展(京都) 

第15回 「尖展」に出品させていただくことになりました。
ご高覧いただければ幸いです。

「尖」ブログ

第15回「尖展」
場所 京都市美術館本館 1階
日時 2009年4月7日(火) ~ 12日(日) 
    9:00~17:00 入場は4:30まで
    入場無料

〔メンバー13名〕
阿部友子 , 天宮志麻 , 兼若和也 , 高村総二郎 ,
竹林柚宇子 , 寺村里香 , 林 孝二 , 比佐水音 ,
藤岡雅人 , マツダジュンイチ , 山本俊夫 ,
横田和映 , 若狭梯尚

〔招待作家3名〕
坂内 圭 , 直海 香 , 及川聡子


明日、京都に飛びます。
帰宅は13日の遅くになりますので、それまで、
ブログの更新、コメントの承認、お返事等できません。

本当は、せっかく無線LANフリーの宿を取ったので、
iBookで、毎日、その日のことを、
ブログにUPしようと楽しみにしていたのですが、
14インチのノートパソコンを持っての旅行は、
私には重荷かもしれないと判断し、即日UPは断念しました。
キングジムから出ている「ポメラ」を代わりに持って行きます。
ポメラはネットにはつながらない、小さなワープロ機のようなものです。
ポメラで日記を書いて、
後日、この1週間の出来事をUPしたいと思います。

11日、12日は会場にいる予定です。

※この展覧会は終了いたしました。
ご高覧くださった皆さま、ありがとうございます。



つながるヒント 

ひと月、ブログを更新していなかった。
去年末くらいから「このことを書こう」と思いつつ、
下書きのままでUPしないことが多い。
書き始めても、着地がうまくいかない。

制作の上で、
いくつか自分なりに新しいことを模索しており、
方向は決まっているのだけど、
具体的にどうずればいいかハッキリしないこのひと月。

朝、さっきまで見ていた夢の雰囲気だけ残っていて、
どんな内容だったか思いだせない時に似ている。
「なんだかワクワクするようなことだったんだけど」
ぼんやりとした断片的な映像や感覚はあるのに、
つながってくれない、というような、あの感じ。

カチッと歯車が合えば、回り出すのにな。

来週は京都でのグループ展のため、
1週間京都付近に滞在する。
大好きな奈良・大和路を歩こう。
京都の庭も見ようと思って、
予習に磯崎新の「見立ての手法」を読んだりしている。

モヤモヤと浮かんでいるさまざまが、
つながるヒントが得られる1週間になりますように。


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