OIKAWA,Satoko blog

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: -- | edit

横浜とか 

トリエンナーレ1

22日は、思い立ってJR土日きっぷで上京。
いただいたチケットがあったので日展を見る。
人生2度目の日展観覧。
知人の方の作品を見つけるのは、まるでオリエンテーリング。

その後、表参道のギャラリー新生堂で、
坂本トクロウさんの個展「ENDLESS HOLIDAY」。
ギャラリーは2部屋になっていて、
奥の部屋のブランコの作品が私には印象的だった。
ブランコの前方に小さく丸い空間を感じた。
「乗ってごらん」というような。

次に、鎌倉近代美術館で「岡村桂三郎展」。
作品の大きさについて、いろいろ考えさせられた。

最後に横浜トリエンナーレに立ち寄る。
会場では、写真を撮る人の姿が目立った。
私も、新調したばかりのカメラを持っていったので、
たくさん撮りながら会場を回った。
現代美術には、観覧者に参加させる展示というものが割りに多く、
私はこれに少なからず抵抗を感じるのだけど、
写真を撮りながら作品を見るのは、結構面白い体感を得られた。
作品と関わってる感が愉しかった。
「このように参加して下さい」という指令通りの、受動的な参加ではなく、
自分の目線で作品を捉えることができるからだろうか。

新しいカメラのシャッタースピードの操作法を分からないままだったので、
動く作品はみんなブレて消えてしまうし、
動いている観覧者も消えてしまう。上の写真みたいに。
それはそれで、ちょっと面白い。
作品の主旨とはかけ離れたものだろうけど。

トリエンナーレ4

作品(「あ=ら=わ=れ」ケリス・ウィン・エヴァンスとスロビング・グリストル)
に あ=ら=わ=れ た 私。これはきっと作家の主旨通り。

横浜

会場を出ると、外はすっかり暗くて、
赤レンガ倉庫はやたらにロマンチック。

横浜2

何で自分、こんなところにひとりぽっちでいるんだろう?
などと思いながら、イルミネーションを眺めて歩いていたら、
すっかりと迷子になってしまった。
道行く人に、最寄り駅をたずねて歩く。

横浜3

「みなさん、どこへ行くのでしょう」
後を付いていけば駅なのかと思いながら、
横浜を放浪した宵。
スポンサーサイト

佐藤玄々展 

山兔


福島県相馬市の相馬市歴史民族資料館にて、
生誕120年記念「佐藤玄々(朝山)展」が開催されている。

佐藤玄々は、子供の頃から意識に入ってきた彫刻家である。
国立博物館の「シャクンタラ姫とドゥシャンタ王 」を見たのが最初だと思う。
気持ち悪いような、恐ろしいような、
何とも言えない丸みとボリュームが忘れられなくなった。
「問答」も、どこかで見たのだけど、
この向かい合う2人の距離の近さに、
緊張感と強い圧迫感を感じて、気圧されてしまったのを覚えている。
おでこに握りこぶしを押し当てれらながら、
どうにか持ちこたえて立つような気持ちになった。
美術作品を見て、五感に迫って苦しくなるという感覚は、
それ以降、そうそう感じたことがない。
「木花咲耶姫」や三越の「天女(まごころ)像」などの、
不思議な前屈も、何か異様な心持ちにさせられる。
(三越の天女(まごころ)像は、
正気の沙汰とは思えない造形だ、と、いつも思う。
岡本太郎の太陽の搭より、
ずっと強烈なモニュメントではないだろうか)

子供の頃、気持ち悪いと思ったものは、
その後、特別に好きになる場合がある。
村上華岳、ダ・ヴィンチ、ルドン、そして、玄々さん。

今回の展覧会は木彫作品は少なく、石膏の原型が多かった。
その原型が、本当に素晴らしく、
原型の時点であれほどまでに作りこんでいることに絶句する思いだった。
猫や犬の筋肉、鳩の頬、犬の舌、動物の毛、鳥の羽…
どれもこれも完璧に仕上がっている。
大観が「画家になれ」と言ったという有名なエピソードもある玄々さん。
絵も展示されていたが、絵も実に良かった。

現代において、日本画の大観、春草などに比べ、
日本彫刻の平櫛田中、佐藤玄々(朝山)などは、
あまりに取り上げられる機会が少ないと私は思う。
「日本画」というジャンルを作りあげたことは弊害もあるが、
その後の「日本彫刻」の姿を思うと、
「日本画」を作りあげたことは、確かに意義のあったことのように思う。
生誕120年、という大きな節目に、
本来ならば、美術館で大きな企画展として開催されるべき「佐藤玄々(朝山)展」が、
町の小さな資料館で開かれていることは本当に寂しい。

とはいえ、故郷の資料館だからこそのあたたかさもあり、
原型という、普通の展覧会ならあまり見られないものを見ることが出来る、
という点では、なかなか得られない機会だと思う。
会期は11月29日まで。
近隣の方はぜひぜひ見ていただきたい展覧会である。

※文中の「シャクンタラ姫とドゥシャンタ王 」「問答」は、
今回の展覧会には展示されておりません。

写真は資料館の方が「撮影は禁止ですが、
スナップに作品が写りこんだということであればOKです」
と言って下さったので撮れた写真。
左上の髪の毛がOTTOで、これでスナップと言うことにさせていただいた次第。
場所:
相馬市歴史民族資料館

福島県相馬市中村字大手先13 0244-37-2191
開館日:2008年11月29日(土)まで
開館時間:9:00~16:00
休館日:月曜日
観覧料:大人100円 小中学生 無料
交通案内:鉄道JR常磐線 相馬駅下車徒歩15分
     自動車 常磐自動車道 豊岡ICより1時間20分

籔内佐斗司さんが佐藤玄々(朝山)について講演した内容が、
薮内さんのサイトに載っています。
代表作のいくつかの画像も載っています。
「佐藤朝山天」記念講演会 籔内佐斗司さん

はじめての雪 

冬の空2

昨日、ふと「あ、冬だ」と思ったら、
今朝は、この冬最初の雪。
寝坊な私が慌てて外に出ると、草花の上にだけ、
ほんの少し、雪が残っていてくれた。

冬の空3

陽の当たるところは、もうすっかり溶けてしまっている。

冬の朝4

あちこちに露のキラキラ。
でも「これは朝露じゃないぞ、雪の露なんだ」
と、思うと、気持ちがはずむ。

走るネル

はずんだ勢いで、ダッシュの私。
同調して駆け出す愛娘犬。

冬だ! 冬!冬!

四枚羽のドラゴン 

夢に無数のドラゴンが出てきた。

目の前にあるいくつもの卵を、次々手に包む。
包んでしばらくすると、ドラゴンが生まれてくる。
私の手のひらの中で、卵から孵るドラゴン達。
みんな小さな4枚の羽を持っている。
その羽を開いたり閉じたりしながら、
大きな金色の目をこちらに向けている。
肌触りはマットなのに、色は光るような緑青色。


先日、布団の上にカナヘビがいた。
私はトカゲの類いが大好きなので、大喜びで捕まえた。
私の手の中で焦るカナヘビは、動揺し過ぎて硬直してしまった。
かわいそうに思いつつも、しげしげと観察。
その後、そっと庭に離した。
離されても、カナヘビはしばらく固まっていた。
ああして固まることが身を守る術なのだろう。

多分、このカナヘビの印象がドラゴンになって夢に出たのだと思う。
そして、あの緑青色は、先日見た速水御舟展の、
岩絵具の色だったのに違いない。
羽が四枚だったのも、御舟の蛾のスケッチの影響だろう。

夢判断でドラゴンや龍は、
自然な衝動の巨大な力、性的衝動、生命力の上昇を象徴し、
創造的な領域への飛躍を意味するとのこと。
龍を見る夢は力を貸してくれる人物の登場、
龍が天に昇る夢は物事の急速な発展、を予見したものらしい。
龍に乗るのは、上昇の運気に乗っていくことだし、
龍と闘うのは男性性の獲得を意味するのだそうだ。

私の夢のドラゴンたちは、みんな可愛らしい赤ちゃんで、
小さな四枚の羽を動かしてはいても、
まだまだ飛べそうになかった。
ただ、そのやわらかな肢体は、
果てしない飛行力を秘めているように思えた。

興味深そうに、こちらを見やる、あの大きな金色の瞳は、
私を母親のように思っている風情で、実に愛くるしかった。
あのドラゴンたちが私を乗せてくれる日はまだまだ先だろう。
私は、無数の赤ちゃんドラゴン達の、
美しい色と、健やかでやわらかな肢体を保護し、
大事に育む時期にあるに違いない。

再び日経新聞に 

本日、11月3日の日本経済新聞朝刊に、
日経日本画大賞展全入選作のカラー写真と、
総評が掲載されています。
購読されている方、ご高覧いただけたら嬉しいです。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。