OIKAWA,Satoko blog

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朱芯会・青野文昭 展・西沢千晴 展 他と、恩師と 

7月26日
母校・造形大学の母袋俊也先生に、造形大卒の仙台在住作家のタノタイガさんと共に会う。学生時代を振り返っても、こんなに母袋先生とゆっくりお話ししたことはない。とても嬉しい晩となった。みんなを引き合わせて下さったTさんに心より感謝。

7月28日
東京でいくつか見たい展覧会があったのと、ギャラリー山口にご挨拶と空間を見直す為に上京。驚くことに、新幹線ホームにて母袋先生に再会!同じ新幹線に乗り込むという偶然。

「古池潤也 展」をまず見た。インパクトある、コテコテ感溢れる昭和ワールド。
ギャラリー山口にて 2007/8/4(土)まで
 
次に「第5回 朱芯会」を見る。この展覧会が今回の上京のメインテーマ。この展覧会は、恩師である伊藤彬先生、野村宣義先生が参加されるグループ展。会場で数年ぶりに野村先生にお会い出来とても嬉しかった。日本画科のない造形大で、日本画の授業をされていたのが野村先生。先生は、岩絵具の美しさを本当に大事にされていて、他のどんな画材よりも魅力的なのだといつも仰っている。先生の岩絵具への思いが、私には何よりも強い「指導」になった。

第5回 朱芯会
東京展 日本橋高島屋6階美術画廊にて
2007/7/31(火)まで 
大阪展 高島屋大阪店6階美術画廊にて
2007/9/5(水)~9/11(火)まで
出品作家
相笠昌義 伊藤彬 滝沢具幸
野村宣義 林敬二 宮崎 進
        (敬称略・50音順)

次に資生堂ギャラリーで「時光-蔡國強と資生堂」
蔡國強は今まで実物を見たことがなかった。火薬を用いた爆発インスタレーションで知られる蔡國強だけれども、一番の印象は爆発とかダイナミックというよりも、瑞々しいような流れる動きだった。お魚も泳いでいるし、東京の熱さにまいっていた時間でもあったので、心地よく眺めてしまった。
「火薬の爆発」には、無論、暴力や戦争といったものが象徴されてもいるのだろうし、その火薬という暴力的方法を創造へと転化するといったことを趣旨として制作しているとも読んだことがある。だから、暴力的な何かを感じたりするかな、と思ったのだけれど、私は、作品自体からは「転化」され「浄化」された創造物としての瑞々しさだけを感じてしまった。きっと、本来の作品の意図を感じる為には、火薬の爆発自体を体験しないといけないのかな、なんて思う。
(でも、瑞々しいものと、ダイナミックなものとは、当然、対局なんかではなくて同時に果たせるものなんだな、と思えたのは、自分の今の制作にとても良かった)

次に「西澤千晴 「For beautiful human life」
西澤さんは造形時代の同級生。学生時は丁寧で独特の黄色が印象的な版画を制作していた。近年、アイロニーを含んだユーモア溢れる絵画を制作して人気。その几帳面で丁寧な筆致と、洗練された画面構成も魅力。静かで、きれいな画面に吸い寄せられて側で見ると「きゃぁ、おやじ」とか「うわ、イモリ」とか、思う。会期長いですので、東京の方ぜひ。
2007/9/1(sat)まで 東京画廊

この日のラストは
「青野文昭 展 ーなおす・それからー」
青野さんは宮城在住の立体作家でも、私が最も大好きな方の一人。拾ってきた古い「物」に手を加え(青野さんの言葉では「復元」)作品にするシリーズを制作されている。私は、モノが何者かに変容する、ということにもともと惹かれるので、青野さんの作品はいつもワクワクする。
前回見たのは、仙台市泉区での展覧会で、この時の作品は、例えば戸棚と石油タンクなんかが合体したもの。私は、この戸棚と石油タンクが特に印象深かった。かっちり四角い戸棚に、石油タンクの丸みが絶妙。石油タンクの赤も相まって、有機的な膨らみを感じた。ちょうど、やけどのケロイド状の患部のように、タンクは戸棚の一部でありながら、違う肌合いで微妙に膨らんでいる感じに見えた。

泉での作品群は、物自体の部分が多くて、物の存在感をすごく強く感じたのだけれど、今回のGallery≠Galleryでの作品群は、物から「復元」した新しい部分の比率が大きかった。そのためか、強いというよりは、とてもナイーブでおだやかな形になっていたと思った。青野さんの作品はどれも色がきれいなのだけれど、今回もとてもやわらかな色彩にまとまっていて、可愛らしい感じすらした。
DMにも使用されていた「宮城県鳥の海で収拾した断片から復元された船・2007」なども、拾ってきた船の部分はちょっぴりで、あとはまっさらな木材で「復元」されている。なのに、やはり「拾ってきた船の部分から」新しい部分が「復元」されているのであって、新しい部分が主には見えないのがどうしてなのか、とても不思議だった。それはどの作品もそうで、圧倒的に「復元された」部分が大きいのに、やっぱり「拾ってきた物」が主になっているのだった。

「拾ってきた物」と「復元された」部分の際を、私は毎回顔を近づけて良く見るのが好きだ。そうすると、結合された部分が線になって見える。その線を見ていると「拾われてきた物」が強く存在を示し、その物の持つ生命感が「復元された」部分をしっかりと我がものにし、新たに息づいているのを感じる。その感じ、それがとてもゾクゾクする。

2007/8/2(木)まで 東京都新川 Gallery≠Galleryにて

また、青野文昭さんの個展は、
宮城県 リアス・アーク美術館でも現在開催中。2007/8/26(日)まで


7月29日には、私に日本画を初めて教えてくださった高校の恩師のグループ展と「絶対見ねば」と思い続けていた「靉光」展の最終日で宮城県美術館へ。29日のことは、またあらためて。

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この穴は何でしょう。

semi2.jpg

ふたつになりました。

semi3.jpg

たくさんになりました。

semi4.jpg

答えは蝉の穴です。

空蝉と蝉の成虫は随分大きさが違うので驚く。
親子くらい違うな。
羽化すると膨らむのだろうか。
そういえば、中身の詰まった羽化前の蝉の幼虫は、
しっとりと濡れたように重く、
成虫はかさかさと乾燥したように軽い。
羽化すると、きっと乾燥しつつ膨らむのかもしれない。

今度のお家の庭は、やたらに蝉が生まれ出る。
玄関に、2,3匹の空蝉があった時は
「とっておこうね」などと、そっとしていたのだけれど、
昨日の朝になって、OTTOが
「ちょっと、気持ち悪いレベルになってきた」
というので、数えてみると、
玄関周辺だけで12匹。何事!っという感じだ。

落ちている空蝉を何気なく拾うと、
実はまだ羽化しきっていなくて、
中身がつまっていた、ということもあった。
軽い、と思っていたものが
ずん、と重みを持っていたのにはややぎょっとした。
そんなことも何度かあって、
その度に、塀の側に移動させ、
どうにか自力で昇って羽化出来ることを願ったりしている。

至近距離で、むやみに大量に生まれ出ているからなのか、
どの蝉も、小振りで弱々しい印象を受ける。
私の手の中の、一晩では羽化しきれなかった
落ちこぼれ君を見つめつつ、
重いような、軽いようなその重みを、
なんだか切ないような気持ちで味わった。

墨の感覚 

最近の制作方法は、計画的なもので、下図をきちんと決めた後は、仕上げに至るまで、線一本、動かすことがない。ほとんど墨で描き上げるし、白の余白は、胡粉も塗らず、紙そのものが見えている面積も多い。そうなると、本画に入ってから、構図や配置をちょっと動かす、などということは出来ない。
小下図をかなり詳細に仕上げて、大下図に拡大し、トレス、墨入れ、という順。これが、私には今のところ自分の制作の仕方として、ぴたっと来ている。

「墨入れ」というと、ちょっと作業的な響きがあるけれど、もちろん、下図をもう一度描き直すような「作業」として描いてはいないつもりだ。日本画は下図が面白くて本画がつまらなくなりがち、と聞くこともある。描き始めのドキドキが、下図で終わってしまって、本画ではその感動の再現、模倣、になってしまうからだ。(もちろん、そうならないよう、下図をそこそこに、本画で絵を動かしていく人の方が今は多いのだろう)

私の場合、下図は鉛筆で描いて、本画は筆と墨で描く。この堅い鉛筆の感じと、筆と墨の感じが、あまりに違うので、私はそれほど本画の時、下図の再現にならない気がしている。絵の内容、モチーフが同じでも、描いている時の「触感」が違うと、まるで違う脳の部分が活動しているように思う。

墨で描くのは、水で描くことに等しくて、水は固まっていることのないものだから、制作も止めることが難しい。いつまでも、どこまでも描き続けられるような気分になる。墨の時は、呼吸と合わせて筆を置いたり、引いたり止めたりするから、身体感覚と見えている絵とが綯い交ぜになったような、不思議な感覚がする。
鉛筆だと、クックッと決めてかかるのだけど、墨はそうは行かない。お皿に水を縁まで入れて、それをそおっと運ぶ時のように、水の揺れに身体を合わせて、いっしょに揺れ続けるような気持ちがする。それは緊張もするけれど、とても心地よくもある。


 

saku.jpg

引っ越しで出てきた小学校一年生時の作文。
「お父さんのお仕事を作文にしましょう」という課題だったのだろう。
「ちょうこくをうるまでとても、日にちが、かかります」というあたり、
子供なりの「仕事感」が表現されている気がする。
「ねんどをおゆの中に入れ」というのも、なかなかの観察眼である。
…なんて、私は幼少期の自己評価が非常に甘い。

titi.jpg

これが、現在の「おとうさん」。
私が子供の時とちっとも変わらない。
ひげを伸ばしたくらいの変化しかない。
相変わらず「ちょうこくをうるまでとても、日にちが、かかります」し。

昔から、庭にはこんな風に、丸太がごろごろしていたから、
子供の私はその上に昇り降りして遊んでいた。
学校でも校庭の木に登り、家では丸太に登る。
お猿のような子供時代である。

この木は先日、京都から届いた楠。とても良い香りがする。
私は今も、木の香りを嗅ぐととても落ち着く。
エッセンシャルオイルでも、柑橘系やフラワー系よりもウッディ系を好む。
子供の頃、父の仕事場の引き出しのひとつが大のお気に入りだった。
その引き出しには白檀の木っ端だけが入っている。
そっと開けると、中から深くて静かな白檀の香りが漂うのだった。

titi2.jpg

父の制作には休みらしい休みもないが、
いつも家にいて目の前で作品を作り続けている訳だから、
その様子を眺めることが私にとって
父との遊び時間のようなものだったかもしれない。

アニメの「アルプスの少女ハイジ」で、
おんじがハイジに木で動物のおもちゃを作ってくれるシーンがある。
私はうらやましくて、父に「動物を作って」と頼んだ。
答えは
「いくらでも木っ端があるんだから自分で作りなさい」だった。
私としては、動物のおもちゃがほしいわけではなく
「父に作ってもらいたかった」のだけれど、
仕方ないので自分で作った。
作ると、楽しいので、それはそれで満足してしまった。
父は万事こんな調子。
ぬりえが欲しくて「買って」と言えば、
「自分で描いて、それに塗れば良い」との返事。

そんなこんなで、私は今も絵を描いたり、
彫刻をしたり、父の手伝いをしたりしている。

落書き 

今回の引っ越しでは、ずいぶんモノを処分したけれど、
なかなか捨てられないモノもたくさんあった。
たとえば落書き。
お菓子の箱とか、割り箸の袋とか、
そんなところにちょろっと描いた落書き。

こんなのとか
datte.jpg

こんなのとか
iji.jpg


ホワイトボードに愛娘犬を描き込んでしまって、
消せなくて困ったり、
旧居の障子、穴があいたから
いっそ落書きしてしまおうと、
むやみにいろいろ描いてしまって、
転居の際、必死に障子の張り替えをするはめになったり。

絵を描くのは、
真剣にでも、遊びだとしても、
後でちょっと苦労するとしても、
やっぱり楽しくて止まらない。


はじめて描いた日本画 

hai.jpg

1987年制作 50号 麻紙 膠 墨 岩絵具

高校3年生、17歳の時
生まれてはじめて日本画材で絵を描いた。
その絵が、引っ越し準備の際出てきた。懐かしい。
これは、当時暮らしていた家の敷地に建っていた廃屋。

私の通っていた高校には、
日本画を描かれるのO先生がいらしたので、
ていねいに画材の使い方を教えてもらったのだった。
油絵で色の混色になれていた私は、
日本画の群青や緑青のビビットさ、
混色のできなさに、四苦八苦したのを覚えている。
今も、日本画材の色の鮮やかさに
途方に暮れることが多い。
見えた色を岩絵具で描くには
色を象徴化しないといけないと、私は感じる。
高校生には難しかったし、
今でもやっぱり難しいことだ。

この廃屋、今はもうないのだろうな。
当時の大家さんに
「なぜ、きれいな花など描かずに、
 こんな壊れた家を描くの?」と
たずねられたのを覚えている。
「私はこれがきれいだと思ったから」
と、答えたと記憶している。

この絵が、そして、廃屋が
「きれい」かどうかわからないけれど、
こういうモチーフを、描きたい
と思う思春期だったことを、
そうだったな、と思い返す。

縦構図 

sae1.jpg

「冴」 60.6×41.0cm 麻紙・膠・墨・岩絵具・胡粉

新しいアトリエに越してから
最初の制作になる作品の小下図を描いている。

この間描き終えた12号Mの作品の作品
(上の写真がその作品)をもっと細長く、
大きくした作品に展開させようと思う。
サイズは182×91cm。2:1の割合の矩形。

数年前まで、私は縦構図が好きで繰り返し描いていた。
それが大作を描くようになってからというもの、
なぜか横構図を好んでいる。

縦構図は、立っているイメージや、立ち昇るイメージ、流れ落ちるイメージ、
また天に向かうようなイメージが私にはある。
自分の身体の内側のエネルギーの向き方を意識する。
しかも、どこか決然としたもの、瞬間の感じ、
というものを描きたい時に縦を選ぶところがあるように思う。

横構図の場合は、広く、ゆっくりとしたイメージ。
自分の周囲に在るものを
目線を動かすことで眺め渡す時のイメージを感じる。
決然とするよりは、周囲と自分との調和、同化が保たれた、
永い時間を描きたい時に横を選ぶ。

横を繰り返し描いていたこの頃というのは、
多分、そんな広がりと永い時間への思いが強いのだろうと思う。
今も、横の絵が描きたい気持ちが続いている。
けれど、やっぱり「そればかり」
をするのは良くないかもしれないな、などと思う。
ということで、今回は敢えて、
すごく縦長に描いてみようと決めた。
立ち昇り、同時に、流れ落ちながら、
どこまでも上下に広がる空間を目指したい。

sae.jpg

(上の写真は下図の一部分)

狸のしっぽ 

筆


私は筆を洗うのが好きだ。
なにか、少しリセットされる気がするから。

ちなみに、私が筆を洗うのは「釜出し一番」という石鹸。
仙台では有名な純粋無添加石鹸。
もともと絹製品を洗うために開発されたそう。
汚れ落ちも良いし、自然にも良いし、
何より、トレードマークの
「坊ちゃん」の顔が良い味なので愛用している。

「これ、狸のしっぽになっちゃった」と私がつい口にしたら、
「狸って何?」と、OTTOに笑われた。
「狸のしっぽ」というのは、使い込んで穂先が丸くなった筆のこと。
私が勝手に作った造語である。
丸い穂先が、私には狸のしっぽみたいに見えるのだ。
もう、覚えていないくらい以前から、
私は丸くなった筆を、心の中で「狸のしっぽ」と呼んでいた。

筆2

この写真で言うと、一番右が新品の筆。
使い込んだ順に並んでいて、
一番左が「狸のしっぽ」状態。

日本画を始めてすぐの頃、
鎌倉のお寺で筆塚を見て以来、
私は使い古した筆を捨てていない。
だから、これからも、
狸のしっぽは増え続けるだろう。

■釜出し一番公式サイト

画室で最初に聴いた曲 

やっと、アトリエにオーディオをセット。
最初に何を聴こうかと悩んだけれど、
やはり、まずはバッハ。

J.S.バッハ
パルティータ 第2番 ハ短調 BWV826
演奏はマルタ・アルゲリッチ。

アルゲリッチは現存するピアニストでも、私が筆頭に好きな演奏家。
仙台で聴いた彼女の演奏は本当に素敵だった。
私は大興奮でStanding ovationをした。
まだ、会場の数人しか立っていない状況だったので、
アルゲリッチは私の方をちゃんと向いて微笑んでくれた。
私は男性は優しい人が好きだけど、
女性はカッコいい人が好き。
そんな私からすると、アルゲリッチは憧れの女性だ。

香り立つような美しさと、強靭さ、
熱気、そして同時に感じる聡明さ。
ラヴェルやラフマニノフ、ショパンならもちろんのこと、
バッハでも、薔薇の花びらを撒くかのように響き渡る。

アルゲリッチの演奏は、本当に華麗さがあって、
激しく、セクシーでもあるのだけれど、
決して飾り気がある訳でも、
やたら個性を押し出そうとしている訳でもなく、
純粋で真っすぐな演奏だと私は感じる。
魂の清潔さ。ひねることのない、素直な姿勢。
音が輝いて聞こえる演奏というのは、
そういう音楽への態度から生まれることのように思う。

耳から入ってくる、アルゲリッチのピアノの音が、
一度、お腹におさまって、
背筋を真っすぐに登り、額から抜けていく。

引っ越しで、すっかり生活寄りになった気持ちが、
綺麗な夢の方向に向き直す気がする。
もっともっと霞を食べて、夢を見たい。
そう願う時、音楽は私を助けてくれる。

齋鹿逸郎さんの訃報 

齋鹿逸郎さんの訃報が届きました。
7月7日から目黒区美術館で開かれている「線の迷宮<ラビリンス>2」のお知らせと共に。
齋鹿さんには、たくさんのことを学ばせていただきました。
心より、ご冥福をお祈りいたします。

'98年、私がギャラリー21+葉の個展で出品した小品のいくつかを心に留めて下さり、丁寧なご感想をお手紙にていただいたのが出会いです。その後、京都・俵屋画廊での齋鹿さんの個展で初めてお会いしました。

今回の引っ越しの荷物整理中も、齋鹿さんからいただいた、ご自身の歌集や画集、そしてお手紙、お葉書がたくさん出てきました。「今度は、目黒区美術館で展覧会です」そう書かれた葉書を見返しながら、きっと伺おうと思っていた矢先の悲しいお知らせ。

2度目に、そして最後にお会いしたのは、'04年私の佐藤美術館で個展の時。私の箔を押した上に墨で花を描いた絵をご覧になって「墨は本来は滲むもの。箔は金属だぜ」「牡丹は描くなよな」と、仰ったのち、「ま、絵の話はよそうや」と、しゃぶしゃぶとお酒をご馳走してくださったのでした。
終始緊張していた私に、どんどんとお酒をついで、次々に和歌について語られた齋鹿さん。「今の短歌はひっかかるような歌が多い。昔の歌は針穴に糸が通るように、すぅーっと入ってすぅーっと通るんだ」という言葉がとても印象に残っています。

「墨は滲むもの。箔は金属だぜ」

あのひと言が、私の制作に大きな影響を与えてくれたことは確かで、だからこそ、ぜひ、今度のギャラリー山口での個展を見ていただきたい、と思っていました。箔に墨の制作を止めて、墨の暈しと滲みで描くことに転換した後の絵を、見ていただきたかった。

「ま、絵の話はよそうや」

と、笑った齋鹿さん。私の絵が、話すに値するものになる日はいつでしょう。いつの日か、齋鹿さんにまた、お会い出来る時に、私は絵の話をさせていただけるように描いて生きていこうと思います。

線の迷宮<ラビリンス>Ⅱ-鉛筆と黒鉛の旋律
会期:2007(平成19)年7月7日(土)~9月9日(日)
会場・主催:目黒区美術館
観覧料:一般600(500)円、
    大高生・65歳以上400(300)円、小中生無料
    ()内は20名以上の団体料金、心身障害者の方は半額
出品作家
磯邉一郎 小川信治 小川百合 木下 晋
妻木良三 佐伯洋江 篠田教夫 関根直子
齋鹿逸郎

アトリエ整備 

昨日、引越業者に荷物を運んでもらった。粗大ごみを引き取ってもらったり、残る荷物を自分で運んだり、旧居の掃除、荷物ほどき等は残っているけれど、大きな山は越えた、という気がする。と、いうことで、さっそくアトリエの整備をする。一日も…一秒も早く、落ちついて制作に集中できる状態に持っていきたい。

この、アトリエ整備が私はとても好きだ。絵の具を並べ、筆を筆立てに納め、好きな画集をとっておきの場所に置く。道具入れにしている水屋箪笥の場所を考えに考えたり、オーディオを設置したり、そんなことも楽しい。
アトリエ整備は最後に、天井に蛍光灯を取り付けて終了。普通の照明だけでは夜まで制作ができないので、普通の丸い蛍光灯に、長い棒状の蛍光灯を6本足しているのだが、この蛍光灯の取り付けが一番苦労する。普通の家の天井というのは意外に華奢。天井にヒートンを付けても、蛍光灯の重さには耐えられない。
そのため、天井の四方の端、木の部分にヒートンを付けて、そこからヒモを引き、蛍光灯がほどよく部屋全体を照らす場所にぶら下がるようにする。ハンモックみたいに、両端に結びつけて、中央に蛍光灯がある状態にする。この蛍光灯を部屋の中央辺りにバランスよく持ってくるのが至難の業。天井近くまで、脚立に上りながらの作業だから、距離の目算が難しい。
つるすヒモはなるたけ短くしないと、蛍光灯の位置が低くなり気になってしまう。力の限り引っ張って、ヒモを短くする。力も結構必要だ。

だから私はテレビでアトリエ探訪を見る時には照明が気になる。立派なアトリエには天井に蛍光灯が何本も設置されている。当然、作り付けの照明器具。心底うらやましく思う。

無事設置し、アトリエが照らされると「さぁ、ここが私の場所になるのだ」と思う。蛍光灯はいまだ、旧居のアトリエの天井だ。蛍光灯を今度のアトリエに取り付けたら、それが引越完了ということになるのだろう。

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