OIKAWA,Satoko blog

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岡沢 幸さんの版画展 

29日には、ギャラリー青城(仙台)にて岡沢 幸 版画展を見ました。
岡沢さんの作品には、建造物のようなフォルムが出てくる時があって、私はそれらがとても好きです。塔のようであったり、アーチのようだったり、格子みたいだったり。それらは安定しているのだけれども、堅牢な印象はなく、記憶を呼ぶための記号のような軽さがあって、そこが魅力のように私は感じています。今回は、風が巻いているような不思議な作品もありました。風のようなのに、やっぱりそこに重さを持って「在る」ように思えるのが不思議です。岡沢さんには心の中に、さまざまな事象を建造物のように建てていく力があるのかな、と思いました。

今日は、槻木小学校で行われた門脇篤さんのワークショップを見学し、ちょっと参加もさせていただいてしまいました。とても楽しかったです。今日のことは、またまとめてUPします。
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氷暈・小下図全体 

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これは先月、
5枚中2枚を彩色で仕上げた「氷暈」の、
5枚全体の小下図。
今回は、ほとんど墨で仕上げる予定。
下図は鉛筆で描いたもの。
(クリックすると大きく表示されます)

今日は、大下図を画面にトレスし終わりました。
明日はやっと墨を入れていきます。
アトリエいっぱいに広がる和紙は、
まだ誰も、足を踏み入れていない雪景色のようです。

息を止めて、一歩踏みだす。
美しい絵になりますように。





椎名勇仁さんの宇宙& 多田由美子さんの被膜 

昨日は、What's Art Gallery(仙台・台原)にて椎名勇仁さんの個展「SUMMER WEEDS」。それから、仙台市泉中央駅に隣接するスィングビルでScale-Outと題された、個展リレー形式の展覧会のうち多田由美子さんの展覧会を見ました。

これまでオブジェを核としながら映像も発表してきた椎名勇仁さん、今回は映像メインの展示となっています。
椎名さんの展覧会、ひと言で言うと「ヒトデがいっぱい」でした。「ヒトデの一ヶ所を切ると、そこから5本足がまた生えてくる。だからボクにはヒトデは再生を現すのです」とのこと。再生は、再び生まれることでもあり、記憶の再生、それは映像の再生、にも繋がると椎名さんは捉えているそうです。「記憶は映像」「物の中には記憶が入っている」これらの椎名さんの言葉を聞くと、今回のヒトデ宇宙、その宇宙観が、よく見えてくる気がします。そのヒトデの再生みたいに派生していくフラクタルはとっても気持ち悪くてワクワクします。それが椎名さんの、悪夢の魅力だろうと思います。

椎名勇仁展「SUMMAER WEEDS」
10月28日(土)まで
ワッツ・アート・ギャラリー(仙台)

多田由美子さんの作品は、日常の風景を、流れるようなドローイングで捉えたもの。軽やかな色彩間に浮かぶキャンバスの白地が人や建物、木々などの姿であることに気がつきます。外側を描き捉えることで、フォルムが浮かび現れているのです。描かれた外側と、浮かぶ空白としてのフォルムは、消えてしまいかけた過去、その残像を思い返す時の感覚を私に与えました。「思い出したい何かが、どこかに、あったような」そんな思い。
私は、全ての事象は、モノの内側から膨らむエネルギーと外側(例えば知覚する私)との境界に、襞のように、被膜ように、揺らぎながら存在しているように思う時があります。多田さんの絵画は、その被膜を写し取っているのかのように私には見えました。

仙台の作家による自主企画の個展リレー方式の
グループ展「scale-out]
1th 多田由美子展
10月29日(日)まで
スィング交流サロン(仙台)

なお、多田さんは11月からは東京でも個展をされます。
トキアートスペース2006企画 
painters-絵画とする事実 vol.5
2006年11月20日(月)~12月3日(日)水曜休廊 
TOKI Art Space (青山)


パウル・クレー 

造形するとはどういうことか。
それを、私に教えてくれた作家は、
誰よりもクレーだったと思う。

クレーの絵は、いつまでもいつまでも見ていることができる。
小さな作品の前でも、私は長々と見入るのが常だ。
美的な物理学。
クレーの絵には、計算し尽くされたバランスがあって、
そのどこか、一ヶ所が目に入ると、
そこに続くどこか一ヶ所に眼が移る。
移った先でも、眼は留まることができない。
次々と絵の中で、綱渡るように眼を移すことになる。
私は、自分を立たせている地球の引力を離れ、
クレーの物理、その永久機関に取り込まれてしまう。

 此岸の世界を後にし、彼岸のなかへ建設する。
 彼岸こそ完全な世界なのだ。
                   南原 実 訳

はじめてこのクレーの言葉を読んだ時は、
谷川俊太郎訳のものだったろうか。
「建設」という言葉ではなく、もっとやわらかな
叙情的な言葉が当てられていたように覚えている。
しかし、クレーの造形を思えば
「建設」という言葉でなければならないと分かる。
造形するものが、彼岸を目指すことは、
単なる厭世でもなく、また感傷でもない。
生活者にとっての救いのように、彼岸を願ってはならない。

 彼岸のなかへ建設する

そう思い続けた画家の墓にはこう書かれている。

 この世では永遠に把えられるすべもない私
 なぜならば私の棲家は未だ生まれ出ざるもののもとに
 そしてまたまさしく死者のもとにあるのだ
 俗人よりも創造の息吹に近く
 しかもなお私の心は安らぐことなく
 創造の坩堝そのものに近かれと乞い願う
                   
                   パウル・クレー

こんな旅行でした 

10月14日、朝5時半起床。いつも、のんびりぐずぐず布団からはい出す私にとっては、相当な早起き。6:31自宅最寄りの駅から出発。10:45には、神奈川県平塚に到着。平塚は仙台にとって「七夕仲間」の街。なんとなく親しく思いながら商店街を通って、平塚美術館に到着。「山本丘人展」と「内田あぐり展」を見る。

山本丘人は、私が敬愛する日本画家のひとり。初期の叙情的な作品から、中期の日本画なるものを刷新していく力強い作品、晩年の夢のような世界、その変遷がよく分かる展示だった。
内田あぐりさんは、現代日本画の騎手とされる。そういった評価を考えると、山本丘人の画業は、現代の人々にとってどういう受け取られかたをするのだろう、と考えずにはおれなかった。比べるべきではないのかもしれないが、実に対照的な展覧会だったので、どうしたって考えてしまう。
描く側にも観る側にも即効性のあるような表現に、私自身は「お腹いっぱい」と思う事しきりだ。それが現代だと言われれば「そうですか」と言うしかないけど。それに「日本画というジャンル」における「現代」というのは、美術全体からみた「現代」と、ずいぶん違うと思えてならない。2重の「井の中」と感じられてしまう。

内田あぐり展を見てから、もう一度山本丘人展に入り直した。晩年の作はどれも、夢と現実、この世とあの世が綯い交ぜになった不思議な作品。今回の展示には丘人の絶筆もある。それは、特に不思議な絵で、見ていると謎めいた所に連れていかれるような景色だった。丘人さんは、あの絶筆の景色を通ってあの世に移ったのだろう。あちらとこちらがあの絵の中の道で繋がっている。
極く普通の景色。激しくも、荒々しくもない筆致。それは、染みるように私の中に「謎」を遺してくれた。当たり前の景色が、描かれただけなのに、何が、どこが、どうしてこんなに心に染みるのだろう。理解出来ないまま、その謎の向こうに無性に惹かれてやまない。その向こうに、時は意味があるのだろうか?現代という区切りなんて、きっと無意味に違いない。そんな風に思った。

その後、
GALLERY TERASHITAで「■今澤正 展」10月21日(土)まで開催。
今さんは大学の同期。卒業生の中でも筆頭に活躍している作家。光と色の効果を一貫して追ってきた今澤さん。今回は、一点のみを展示する事で、観る人がじっくり作品に対峙する展示とのこと。
■ギャラリーツープラスで「村田暁彦 展」14日で終了。
オートマチズムのような水彩と、不思議な肖像画の展覧会。全く違う作風だけれども、どこか歪んだような、奇妙さはその両方から感じられて、どちらも村田さんらしい作品でした。
■switch pointで「三浦謙樹 展」10月17日(火)まで開催。
お菓子の説明書に描き込まれた「萌え系美少女」達。ちょっと以前に「おかし系」と呼ばれるグラビア誌から生まれた系譜のようなものがあるそうで、それらを意識した作品との事。私としては、三浦さんが、広告のようなものに、美少女を手描きするという行為が、常にシニカルな社会への目線をもった、キノコ好きな三浦さんの、チラシ=社会/手描き=キノコ、みたいな、寄生して異化しちゃう手法を感じたりしました。

10月15日、ビジネスホテルには不似合いなほどフレンドリーなフロントのおじさんに「いってらっしゃい」と声をかけられながら2日目をスタート。

千葉県佐倉の川村記念美術館で「ジャコメッティー展

まだ、未見の方は、観ましょう。観ましょう。観ましょう。
神学の人が「信仰には、美術的センスでもなく、音楽的センスでもなく、存在的センスが大事だ」ということを言っていて「存在的センス」という言葉に、なるほど、と思った事があった。ジャコメッティーの作品を見ていると、この「存在的センス」というものを強く感じさせられる気がする(無論、宗教的な意味ではない)。
その人が、そこに存在するということへのセンス。その厳密さと、緊張感が圧倒的な強さで押し迫ってくる。空間は、作品をあらしめる空間、もしくは、空間もろとも作品化されてしまうので、息を吸う事が憚られる思いがした。

佐倉から上野に。上野では、お人形のお友達にお会い出来た。お友達のハンドルネームは夢卯さん。その可愛らしいHNの通り、可憐で可愛らしい方でした。一緒に東京国立博物館で「仏像」を観た。
私は特に、奈良時代から平安時代初期にかけての檀像が展示されていた第一室が感動だった。このところ、木彫をするひとが増えているように思うけれど、そんな多くの人の彫りかたは、どのひとも似通って私の目には見える。ぽさついていて「木です」みたいな感じがする。
かつての木像というのは、決してぽさついてなんかいない。漆のようなしっとりとした肌合いを感じる。木は、冴えた彫りかたをされると光る。その光が、像の持つ量感と相まって、仏像に超越的な存在感を与えているように思う。造形的な力と、技術と、そして木というものを神聖に思うことが、仏を作るということにピッタリと結びついているのだろうと感じた。

「仏像」展のあとは、夢卯さんと喫茶店でお茶をしながら人形談義。Zwergnaseのゾラちゃん、ベアーちゃんを連れてきてくれた夢卯さん。お人形も、ベアーも夢卯さんも可愛かった♪。私は、旅行のお供に、シルビア・ナッテラさんのお人形を連れていっていたので、みんなで写真を撮った。遠い席の男性が、しげしげこちらを見てきたのだけれど、「目立つかな?」「大丈夫、目立たないよ」などと勇気を出しあって、パチリ。
私も、夢卯さんもAnnette Himstedtさんというドイツの人形作家さんの大ファン。ちょうど、14日にAnnetteさんのMid Yearのお人形が発表になったので、その話でも盛り上がる。こういう話をしていると、本当に心が和む。ネット上では人形の話をするお友達が多いけど、実際会ってお話する事はなかなかできない。
私が上京したと知って、ご連絡くださって、上野までいらしてくださった夢卯さんに感謝です。いつか、夢卯さんや、他のたくさんの人形友達とオフ会ができたら、いいな♪(人形話になると「♪」が増えますね)

今回の旅の〆は
言水制作所での「加藤陽子展
加藤陽子さんも大学の同期。筆致が感情の吐露でもあり、それが不意に景色にもなるという、彼女の世界が広がっています。最近は写真も撮っていて、散文詩なども書いているようです。いずれも、ゆずることなく、自分らしくしかいられない、加藤陽子さんの表現です。
言水制作所は、展覧会情報誌「etc.」を編集出版されている制作所です。その制作の場に、作品を展示するという試みをされています。etc.は、言水さんの独自の観点から、全国の展覧会情報を紹介されている一風変わった展覧会情報誌です。書店で見かけたらどうぞ手に取ってみて欲しいと思います。仙台ではナディッフbis、せんだいメディアテークなどで販売されています。

駆け足で振り返った2日間。
また、それぞれの展覧会などについて、まとめたいと思っています。

展覧会旅行 

見ておきたい展覧会や、友人知人の展覧会が重なったので、
展覧会巡りの旅行をすることにしました。
1泊2日で、千葉の川村記念美術館にて「ジャコメッティー展」、平塚美術館で「山本丘人展」、上野博物館で「仏像展」を柱に、友達の展覧会も4つ巡ります。
東北から関東に向かう時には「土日きっぷ」という、秀逸なきっぷがあります。JR東日本のおトクな切符です。¥18,000、土日2日間、新幹線を含むフリーエリア内のJR東日本線、北越急行線及び伊豆急行線の特急(新幹線含む)・急行列車の普通車自由席が乗り降り自由。4回まで、新幹線の指定も取れます。また、そのフリーエリアの広いことといったら!
今回予定してるところは全て、フリーエリア内なので、気力と足腰の限界まで、グルグル巡る予定です。そのため、ネット落ちいたします。
充実した2日間になるといいな。

翁ひろみさんの「地球照ー逆光」 

昨日は、宮城県美術館・県民ギャラリー2で開催されている、翁ひろみさんの個展「地球照ー逆光」初日に伺ってきました。かつて船であった木材を組み合わせて作られた立体作品12点。
剥げかけた塗装は、豊かなマチエルになっていて、絵画的な調和を醸していました。海にいて、船であった時、照らしていた月の姿に生まれ変わった木材達。ギャラリーが、静かな夜の海のように感じられる展覧会でした。

翁ひろみ展 「地球照ー逆光」
日時:2006年10月10日[火]~15日[日]
   AM9:30~PM5:00(最終日 PM4:00まで)
会場:宮城県美術館・県民ギャラリー2

3人目のおじいちゃん 

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私に洗礼を授けてくださった神父様がお亡くなりになりました。祖父を父、母方とも早くに亡くした私にとって、神父様はおじいちゃんのような存在でした。雨の中、今日は神父様の葬儀の御ミサを与りました。

神父様は、彫刻もされる方です。代表作である仙台の広瀬川殉教碑の制作の時は、父が手伝いをしました。当時、父はまだ母と結婚をする前。母は、白百合の女子高等学校で、この神父様に宗教の授業を受けましたから、両親とも結婚前からそれぞれ別の形で神父様と出会っていたことになります。父も母もカトリックでもないし、キリスト教徒でもありません。そんな2人ともが同じ神父様と出会っていたなんて、不思議なご縁だと思います。そんなこともあって、私は母のお腹にいる時から神父様にお祈りをしていただき、生まれ出てなお、ずっと心にかけていただいてきました。

ホスピスにて、最後の時を過ごされていることは知っていたので、覚悟はしていましたが、やはり御帰天のおしらせを頂いた時には、頭が真っ白になりました。信じられない気持ちと、信じたくない気持ちで、昨夜の通夜式へ赴く足は重くなりました。

けれど、通夜式は実に幸せな式で、私は「あたたかな悲しみ」ともいうべき思いに満たされました。
神父様は仙台で最もご高齢の神父様。戦前に神父になられた最後の方だったそうです。神父様は、古き良きカトリックの信仰のあり方を感じさせてくださる方で、厳しい面を持っておられましたが、同時に、子供のようにいたずらをしたり、ふざける可愛らしいおじいちゃまでした。だから、神父様の思い出は、思わず吹き出すようなエピソードがたくさんあって、お通夜式も自然と和やかに、優しい空気で包まれることになったのでしょう。

お母さんをとりわけ愛された神父様。神父様のお母様は日本髪の似あう女性だったそうです。私はベリーショートだったので、「私は水前寺清子のような短い髪は大嫌いだ。さとちゃんも、そんな髪ばっかりすると、さとるくんと呼びますよ。さとるくん!やっぱり、女性は日本髪が一番」と仰って「いくらなんでも、日本髪はないでしょう~」とみんなで笑ったことがありました。

神父様は、きっとお母様と神様の御元におられます。そう信じることが、いかに大切なことか。心をあたためてくれることか。神父様が、最後に私に教えてくださったことは、復活を信じるということの幸せだったのだ、と、葬儀の御ミサの中で気付き、心から感謝をしました。

写真は、幼稚園の時に神父様からフランスのお土産に頂いた「不思議のメダイ」。無くし物ばかりする私が、今日の今日まで、そしてこれからも無くすことなくお守りにするであろう宝物です。


うつし世をば はなれて
あまかける日 来たらば
いよよちかく 御元に行き
主のみかおを 仰ぎ見ん

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