OIKAWA,Satoko blog

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芸術祭出品のお知らせ 

本日より開催の、第43回宮城県芸術祭に出品しております。
先日、UPした「氷暈」が宮城県芸術祭賞を頂きました。
ご高覧いただければ幸いと存じます。

日時:2006年9月29日(金)~10月11日(水)
   10:00~19:00 最終日17:00閉場 10月5日(木)休場
会場:せんたいメディアテーク5F
入場券:500円(大学生割引)250円(小・中・高生無料)
9月29日(金)~10月18日(水)の期間中、日本画、洋画、花道、工芸、写真、書道、彫塑の各展4会場に入場出来ます。
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白について・その2「蛾」 

蛾.jpg

夜、胡粉を引きかけているところに
白い蛾が留まった、

秋だから、もう本当に「虫の息」。
除けるには哀れで、
とはいえ、そのままでは筆跡が残る。

それに「白いところ」に惹かれて
休みに来たのだろうかと思うと、
嬉しいような気持ちがして、
なおさら、除けるに忍びなくなってしまった。

のぞき込むと、
小さな顔には、
針の先ほどの瞳がこちらを向いている。

指でつまもうとすれば、
たやすくひしゃげてしまう身体。
息を吹きかければ、
残る力いっぱいに踏ん張る、蛾。

どうしたものか、思案にくれて、
写真に納めてみた。
これもまた、
夏の終わりの記念写真だろうか。

氷暈 

暈.JPG

制作中の「氷暈(ひうん)」(182×182cm)
5枚連結の横長の作品にする予定のものを、そのうち2枚を独立させて、2枚連結のスクエアにしてみたもの。写真の状態は、麻紙に墨(茶墨と青墨を併用)の状態。現在は色が入ってきています。

このスクエアの構図の方は、彩色もして仕上げ、五枚連結の方は、墨だけで仕上げたいと思っています。
スクエアの作品は、今月末より、開催の「宮城県芸術祭」(於・仙台メディアテーク)出品予定、五枚連結の方は、来年1月下旬から4月上旬開催の「アートみやぎ」(於・宮城県美術館)出品予定です。彩色のものと、墨のものと、ほぼ同じ構図でどのくらい違う世界になるのか、試してみたいと思っています。

氷暈とは私の造語です。
うん【暈】とは、太陽や月の周囲に現れる輪状の光。大気の上層にある氷晶の細片が光線を屈折・反射するために生じる現象。ひがさ。かさ。のこと。
太陽の周りの暈を「日暈」月の周りの暈を「月暈」と言います。

今回のモチーフは、薄氷の下から見え隠れする雑草なのですが、その氷を通して見える色が、氷の暈にも感じられたので「氷暈」という言葉にしてみました。暈は、色をぼかす、墨をぼかすの「暈(ぼか)す」でもあり、墨の暈しが、氷の暈となればいいな、と願っています。

どこか 

mixiで、高校時代の同窓生と再会。高校時代の友人としては、会いたいと思う、数少ない人の1人である。Iさんは、とても飄々としていて、背筋をいつも真っすぐにしたダンディーな女性だった。誰が誰よりどうだとか、そんなことに構うこともないような風情で、私はとても好きだった。凛としていながら、クラスにも溶け込んでいるようで、どうすればIさんみたいになれるんだろう?と思っていたものだ。
「高校時代の及川さんは我が道を行くって感じだった」と、Iさん。いや、みんなに合わせたい気持ちで一杯だったのだが、上手くいかなかったのだよ。

学校に着いたら、教室になんか行かない。まず、美術室に向かう。ドアは鍵がかかっているので、ドアの上の天窓のようなところによじ登り、中に進入する。我が美術部はとても制作熱心で、常に30号程度の油絵をおのおの制作していた。だから、いつも部室は油絵の具の匂いがしていて、私にとっての高校時代は、全てリンシードオイルの匂いが染みているように思う。

遅刻ギリギリに教室に飛び込んだ。授業は良いけれど、休み時間は間が持たない。クラスにいると息が詰まるように思った。10分耐えて、次の授業を待つ。昼休みは長くて困るから、図書準備室に行っていた。私の高校は歴史が長く、蔵書もたくさんあった。古くて貴重な本は、図書室の奥、暗い準備室にあって、私はそこが好きだった。画集や文学全集。そこで、気の合う、ほんの数人の友人と話をするのが好きだった。

ある日、学校を休み続けていた友人Aが、話し始めた。
彼女はとても静かで、全く目立たず、まあるい身体で、
厚いメガネの向こうに、糸のように細い目を
笑った形のまま、固めたようにしている人だった。
「私を受け入れるところはここにはないの」
高校生くらいならありがちな台詞だ。
「どこならあると思うの?」と私。
「きっと、外国ならあると思う。日本にはないの。」
そこから、彼女は、とてもつらい過去を語り出した。
話す相手が私であることなど、忘れているようにすらすらと。
それはあまりにもつらいことで、それを表情も変えずに話す様子から、
彼女の中で、何かがすでに壊れているのを感じた。
「親はね、私を祈祷師のところに連れていってね、
 お札を、枕の下に入れろと言うから、入れて寝ているの。
 でも、そんなこと、仕方ないの。
 私を受け入れてくれる場所は、ここにはないから」
「いつか、彼らに会うんだ」と、彼女が見せてくれたクリアファイルには、
イギリスのロックバンドの切り抜きが、無数にコラージュされていた。
それから、少しして、彼女は高校を辞めた。その後、一度も会っていない。

私は、部活の間中、鼻歌を歌っていたそうだ。ウオークマンを聞き続けていたことは確かだけれど、歌っていたとは知らなかった。頭の中で、歌っているとばかり思っていました!
今も、大して変わっていないな。鼻歌を歌って、絵を描いている。一日を振り返れば、それだけだ。
彼女は、彼女を受け入れてくれる「何処か」に辿り着いたのだろうか。私も、いつだって、どこにも行きようもなく、どこもかしこも異国のように思えた。それは思春期を過ぎてもそのままで、私は、何処かを、ずっと、絵の中に見ているままなのだろうと、そう思う。

 

蝉.jpg

朝夕は、肌寒いこの頃である。
愛娘犬の朝散歩、しばらく無言で歩く。
空には雲もなく、私は両腕を伸ばして
「ばんざーい」と声をあげた。
「何が?」と、OTTO。
「今日は、どこにもお出かけをしない!」
「それは、万歳だ!」
愛娘犬も、ご機嫌そうに振り返る。
・・・そろいもそろって引きこもり家族である。

肌寒くて、
空は晴れていて、
出かける用事もない。
パーフェクトだ。
散歩道から見渡す田んぼは、
すっかりと金色。

夕方、知人がカツオのお刺し身と、
秋刀魚を2尾持ってきてくれた。
気温が下がって、くしゃみが出たので、
この秋、始めて長袖を羽織った。
腕に触れる袖の感覚が気持ちいい。
「せっかくのお刺し身だし」と
OTTOが日本酒をすすめる。
「そうだね、せっかくだ」と
私はいそいそ茶碗のお酒をチン♪とする。

秋です。秋ですよ。よ、ほほ。

写真は、この夏ずっと庭に残っていた空蝉です。

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