OIKAWA,Satoko blog

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ピエロ 

高校時代、思いというのは伝わらないものだ、と思い始めた頃、繰り返し読んだ中原中也の詩に「幻影」がある。この詩をもとに、小口木版を制作したっけ。なんのかんのと、私は変わらず、このピエロを胸に棲まわせて、今もいるんだと思う。

幻 影   中原中也

私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、
それは、紗の服なんかを着込んで、
そして、月光を浴びてゐるのでした。

ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手真似をするのでしたが、
その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
あわれげな 思ひをさせるばつかりでした。

手真似につれては、唇も動かしてゐるのでしたが、
古い影絵でも見てゐるやう――
音はちつともしないのですし、
何を云つてるのかは 分りませんでした。

しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。


最近、なんだか勉強熱心なワタクシである。画材のことや、自分の知覚のことを、煎じ詰めて考えていたら、久しぶりに知識欲が高まって、止まらなくなっているみたいだ。特に、現象学が面白い。

現象学は、主観主義だとか、独我論的だと批判されて、時代遅れみたいに言われているらしいけど、一方で茂木健一郎氏が「クオリア」なんてキーワードを流行らせている辺り、復活の兆し?!と思ったりする。話題になっている「共感覚者の驚くべき日常」という本も、主観的な「感覚」を、これまで否定しすぎてはいなかったのか?という問題定義を掲げている。(松岡正剛氏の「千夜千冊」には、この本とクオリアの繋がりも示唆した書評がありました)

ま、私自身からすれば、世間がどう流行りすたりを繰り広げていても構うものではない。絵を描く、ということは、いつだって主観の中から始まる、(この場合の主観は、個性や個人といったものとは別のもの)と、私は思う。最近はとかく、社会的に開いていることや、コミュニケーションとしての美術、ということばかり語られているけれども「まず、主観から」ということの意味は、絶対にあるんだ、と熱心に語ってくれる現象学は、目下、私の心の友なんである。(無論、現象学は主観から始まる方法なのであって、主観の中に閉じている訳では毛頭ないが。)

大体、朝食後、コーヒーを飲みつつ勉強を始める。アマゾンで購入した本を読んだり、ネット検索の旅に出る。始終「おおお~~~っ!」とか「へぇ~~っ!」と、声に出して感嘆するので、OTTOに笑われる。私は、自分の考えと同じことを考えている論に出会うと、嬉しさのあまり「おおお~~っ!」と叫ぶし、自分の思い込みをひっくり返されると、美しく投げ技を受けた時のように心地よくて「へぇ~~っ!」と唸る。

私は、自分の喜怒哀楽、感動や情動を、身体や声に出さないで入られない質だ。小学校の時、授業中、思いついたことがあまりに面白く、笑い続けて立たされた。立たされたって、笑いが止まらず、本当に苦しかった。
電車の中で、本を読むのも大変だ。悲しいシーンになれば嗚咽が出る。我慢してハンカチで口を塞げば、具合が悪いのかと思われてしまう。
短気なので、すぐ怒り出すのだが、あまりに怒りの速度が速いため、笑顔を怒りの表情に変えることができない。竹中直人みたいに、笑ったまま怒る人になってしまう。笑顔なのに、身体が震えるのだ。

つまり、傍から見ると、変な人。主観的にはその声も仕草も間違いないんだけど、出しかたが逸脱しているので、誤解を受けやすい。私の素直な身体的反応は、世間的ジェスチャーや言葉のルールに当てはまらないので、理解不能、ということになるのだと思う。悲劇であり、喜劇である。

だから、私は絵を描くのかな?
私が感じたものを、できるだけそのままに、画面に映したい。
視えるものを、視えたまま、視える形に、という行為が、私には唯一、悲劇と喜劇を避ける方法だと言えるのかもしれない。避けるべきは、悲しみや喜びなのではない。理解されることを望みすぎて、誰かの目線に合わせた演技に陥らないことだ。
感覚を、まっさらな感覚として。社会的な意味など付加されない、私に沸き起こった感覚そのものを視覚化したい。言葉よりも、仕草よりも、純度高く、誰かに伝わるなら、それは奇跡のように素敵なことだ。
そして、そんな奇跡が、起こらないとしても、胸に棲むピエロに倣って、私も「眼付ばかりはどこまでも、やさしさう」でありたいと願っている。
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ぺんてる筆と文字のいたずら書き 

私は漢和辞典が大好きである。昔からそうなので、あまり気に留めなかったが、どうやらかなり常軌を逸して好きらしい。子供の時も、広辞苑と漢和辞典に、何時間も没頭していた。意味を調べると同時に、字の成り立ちや、その形自体を味わうのも格別の楽しみである。だから、今は「五体字典」の類いも何冊か持っていて、自分の名前はもちろん、知り合いの名前をさまざまな字体で書いたりしては悦に入っている。以前、お世話になっている画廊の方が、画家の落款を辞典様にまとめた本を見せてくれたことがあったが、唸るほど綺麗で、実に面白かった。

「ぺんてる筆<中字>」という筆ペンが、私の最も愛する文房具。数ある筆ペンの中でも、これが筆頭(まさに筆頭)に書きやすい。「ぺんてる筆<中字>」が生産されなくなったら、河童が皿を無くしたくらい困ると思う。
子供の時からいたずら描きばかりしており、しかも筆圧が強いので、無残なほどに中指が変形している。これを緩和させたかった。それから、鉛筆やボールペンなど、先の固いものに馴れていると筆との親和性が下がる気がして(筆ペンも、あくまで筆「ペン」なのだけれども)かれこれ10年、メモでもなんでも筆ペンで記している。

特にティッシュボックス。思いついたもの、気を惹かれたもの、あとは全く意味もなく自分の名前など、ティッシュの箱に書き込んでしまう。便箋の裏表紙、破ったカレンダーの裏、何にでも書き込む。実はこれは父譲りの癖で、父の場合は「南無観自在菩薩」だの「聖不動明王」だの書いていることが多い。そのすき間に、愛犬の名前も書き込んであって笑ってしまう。笑って、ふと自宅のティッシュを裏返すと、自分も愛娘犬の名前を十も二十も書き連ねているのだから恐ろしい。血筋ってものだろうか。

漢和辞典を愛読していることも、取り立てて意識していなかったように、この文字のいたずら書きについても、特別意識したことがなかった。OTTOに、心底感じ入った声で「同じことするよね~」と指摘されて、そう言えば他所のお宅のティッシュは筆ペンで字が書き込んであったりはしない、と気がついたのだった。
その時私は、制作のために磨った墨で、何とは無し、手近な紙に自分の名前を書いていた。アトリエの床にしゃがみ込んで、さまざまな書体で書いた場合の、書き心地と見た印象にどっぷり浸かっていた。それのどこがそんなに面白いのか、なんとも説明は出来ないのだけれども、筆の腰、芯の感覚を感じながら「筆を置いて、引いて、微妙に曲げて、跳ねて、納める」ということの繰り返しが、いわば音楽のように楽しいのだ。ぐぐっ、ピヨ~~ン、トン、ポン…といった感じ。

私は友人たちよりもドローイングをしない。これには引け目も感じているが、もしかすると、この意味不明な「文字のいたずら書き」が、私にとってドローイングだったのかもしれない。書でもないし、描写でもない。文字が持つイメージを感じつつ、線を引く。ただ「無数に繰り返す」という法則も私の「文字のいたずら書き」には含まれている。それは何なのか、いくら考えても謎。ま、父も何も考えるでもなく、今もいたずら書きをしているので、それに倣い、ただ書くことを楽しめば良いことなのだとは思うけれども。いたずら書きなんだから。

紙の厚みと色の奥行き 

紙や墨のことを教えて下さる方とmixiを通じて知り合わせていただいた。先日、和紙のことで質問をした際、返信いただいた中に、目からウロコの言葉があった。

「紙の厚みの分の墨や色粉が織り成す奥行き」

これは、まさしく滲みのことだと思う。この言葉の中の「紙の厚み」と「奥行き」という部分が、特に私には革命的なのだった。

日本画の場合、絵を描く準備として和紙にドウサを引く。ドウサは滲み(にじみ)止めである。これをしないと、定着材である膠が効かないので、岩絵具が画面に付かず、ぽろぽろ落ちてしまう。だから、多くの日本画制作者は、木製パネルにドウサを引いた和紙を張り込み、胡粉や水干黄土を下塗りしてから描き始める。私もそうだ。つまり、滲みを止めた状態から描いてばかりいたことになる。「昔の人は、最初からドウサなんかしない」とは、時折聞かされたけれど、そうかぁ、なんて思いながら聞き流し、それはそれ、これはこれで制作してきてしまった。

まして、これまで私は箔を多用した制作をしてきた。「箔に墨」はとても面白かった。箔が持つ、金属としての素材感がピッタリと来ていた。けれど、描きながら墨の動きを感じ続けていくうちに、金属の上を滑る墨が、本来的ではないのではないか、という疑問が生まれた。ちょうどそんな折り、画家であり、書道家である方に「墨は滲むもんだぜ。箔は金属だよ」と言われた。
去年辺りから、私は紙と墨、少しの岩絵具、という制作に切り替えた。墨の、あるべき状態で定着するのが一番綺麗なはずだし、紙の表面を全て覆い尽くすのもよほどのことだ、と自覚すべきだろうと考えたからだ。だから、今、自分が「滲み(にじみ)」について熟考するのは必須なことなのだと思う。


墨に五色あり、といわれるように、墨は単なる「黒」ではない。滲み(にじみ)によって、墨の持つ色彩が現れてくる。だから、紙に墨の制作は、筆致も大事だけれども、何よりも滲みにその意味があると言えると思う。
例えば、クロマトグラフィーという物質を分離、精製する技法がある。この技術は、色素の分離を記録するという意味があるらしい。植物色素を分離した際、色素別に色が分かれて帯ができたことに由来する科学的分析技術である。
ギリシャ語の色(chroma)+記録(graphein)でクロマトグラフィーChromatography、つまり色の記録。ろ紙を使ったクロマトグラフィーはペーパークロマトグラフィーと呼ばれるそうだ。このペーパークロマトグラフィーの分析こそ、滲みの効果だ、との記述をネットで見つけて、なるほど、と思った。これを紙と墨に置き換えると、滲むことで、墨はその色を見せ始めることを証明するだろう。

ドウサをすると、墨は滲まない。紙の表面に溜まり乾くだけだ。溜まった墨を筆で思い通りに導くと、暈し(ぼかし)となる。私は、この暈しだけを墨の仕事だと思っていた気がする。暈しもとても魅力ある美しいものだ。また、自由で明確な線描きも、ドウサあってこそ。けれど、それはあくまでも紙の表面のこと。「紙の厚み」と「奥行き」に繋がることはない。私は、紙と墨の特性の半分以上を殺していたことになる。

紙が厚み分の奥行きをなくし、表面だけになった時、画面には立体的な描写や遠近法が代わりに入り込んできたのかもしれない。紙と色が持つ奥行きが、描かれた奥行きに取って代わられた、ということだ。
近代を過ぎて、絵画はオブジェとしての存在を得たといわれる。キャンバスの裏側、側面、等々を含め、現実の空間の中に実在する<絵画作品>そのものを見るということだ。その見方の中に、紙の厚みと奥行きを見逃してはいないだろうか。展示、提示、といった手法でばかり考えるのは「描かれた奥行き」というものから出発した西洋的視点に縛られすぎているとも言えるのではないだろうか。

問題は、ひるがえって、自分自身はどうするか、である。

虫帝国 

暑いので、車にクーラーをかけっぱなしにして
駐車することが多いのですが、
そうすると、あっというまにアブが集まって来ます。
10匹位のアブに集られている愛車、怖いです。
中で、愛娘犬が
「何してるの?なぜそこで、踊っているの?
 どうして早く、乗らないの?」と、怪訝そうにします。
エンジンを切っておけば、寄ってきませんから
車を、牛か馬かと勘違いしているのかもしれません。
中に乗り込めば、乗り込んだで、窓に体当たりする無数のアブ。
アブは、蚊のようにエレガンスでもないし、蜂のような鋭さもない。
まぁ、ホラーで言うなら「ゾンビ」の類いでしょうか。
虚ろで、鈍いのですが、しつこく襲い続けてきます。

わが家はクーラーがないし、窓を開け放しています。
網戸もないので、虫がたくさん入ってきます。
田舎のオニヤンマは、凶暴です。
私を食べようと、頭突きをしてきます。
一匹くらいなら、撃退するのも訳ありませんが、
2匹でタッグを組まれると、かなり怖いです。
彼らは、恐竜の時代から生きる捕食族です。侮れません。

夜にはガガンボが、無意味に集まってきます。
人畜無害ですが、彼らの存在は気分を凹ませます。
カナブンは本当にブンブンいいながら、
部屋の壁や電気に体当たりしてうるさいです。

一雨降れば、明くる日、雑草がざわっと伸びます。
草を刈ると、ミミズとムカデがわんさと出ます。
一度、寝ている敷き布団のちょうど頭の下辺り、
愛娘犬が、じいいいいいぃっと見ているので
めくると、そこにムカデがいました。

窓の外には、巨大なクモの巣。
カナブンが、引っかかって慌てているので
「かわいそうに」なんて見ていましたら、
巨大な蜘蛛が姿を現し、あっという間にカナブンを
ぐるぐる巻きにしてしまいました。
室内にもクモの巣は、張られてしまいます。
足下に、す巻きにされた虫が
何匹も落ちていることがあります。

大きな蜘蛛は、まるでほ乳類のように見えます。
ぎゃっと思って見やると
「何?」という風情で、動きを止めます。
捕まえる勇気もなく、目を背けると、
悠然と壁を横切り、どこかへ去っていきます。

どうやら、私は、
虫に間借りをして暮らしていると思われます。






8月15日 

「今日はとっても良い日です」と日記に書き、UPしてから、
ふと、今日は終戦記念日だと思い当たった。
一瞬、良い日だなんて、いけないことを書いてしまった気がして、
次の瞬間、いや、いけなくなんかない気もして、
終戦記念日は、どのような気持ちで過ごすべきなのか、
自分は、分かっていないことに気がついた。
どのようなことをすべきなのかは、分かる気がするけれど、
どのような気持ちになればいいのか、難しい。

今日という日は、カトリックの暦で
マリア様の被昇天の祝日(クリックすると、聖パウロ女子修道院ホームページ「Laudate」にリンクします。)にあたる。そして、私の受洗記念日でもある。つまり、もう一つの私の誕生日なのだ。

今日は、もうひとつの誕生日。
新しい命を、生き始めた日。
そこに、私なりの、今日の日の意味を思おう。

夢の視覚 

ここ数ヶ月の中でも、今日はとっても良い日です。今度の展覧会への構想が、ぴたっとでき上がったからです。数日前まで、ピンと来ぬままグズグズと描いていた100号。グズグズしながら筆を取ると塗りになっていけません。なので、止めてしまいました。改めて、下図からやり直し。大きさももっとずっと大きく、1m82cm×4m45cm。大きいです。横長いです。

頭の中に、イメージがまとまると本当に気持ちがいい。見えるものがみんな、在るべきところに納まっていることを得心したような気持ちがする。本当は、この時が一番幸福なのかもしれない。描き始めれば、イメージと現実の作品のギャップにしょんぼりすることになる。
だから、できるだけしょんぼりしないように、下図をきちんと作ろう。今、捉えたかに思えるビジョンを逃してしまわぬように。下図は、夢日記のようなものかもしれない。こつこつと綴って、無意識に降りていく手がかりとする。

私の夢は、いつだって総天然色。音や味覚、触覚もある時もあるけど、大抵は圧倒的に視覚優勢。視覚の中に、触覚も味覚も聴覚も吸い込まれたような世界。
以前見た夢に、海辺の夢がある。私はホテルのベランダにいて、海を見ている。海辺は遠いはずなのに、目をやれば白い砂つぶもはっきりと見え、海の中には赤松の生えた小島も同時に見える。砂粒を凝視していると、波が寄せてきて、細かで真っ白な波の泡が鮮烈に目に飛び込んでくる。遠景と近景が交差する不思議な夢だった。波の音はしない。潮の香りもしない。ただ、見えるものは細部まで鮮明なのだ。間近なものも、遠いものも。砂も、赤松の幹も、海の泡も。

絵を描く時には、そんな視覚でいたいと願う。全ての知覚を視覚に変換して、どこまでも鮮明に視ることができたら、夢も現実も同じように感じられてくるのではないだろうか。

画材 

大きな作品を連続して制作することにしているので、涙が出るほど、画材費がかかる。もう、千がおにぎりもらった時くらいの怜大粒で出る。

でも、仕方がない。
そして、痛い思いをして購入した画材は、しみじみ大切に思う。

恩師の先生が、中国の岩絵具と古墨を「使いやすいか分からないけど」と送ってくださった。甘いもの好きな先生なので、可愛らしい梱包材につつんで和菓子の箱の中に入れて下さっていた。
使うに忍びなく、いまだにそのまま取って置いてある。父が、弟子時代、先生からもらったという古墨も、そのお菓子箱の絵具といっしょに保管している。

使わなければ意味はないのも分かるけれど、古墨などは、眺めているだけで背筋がぴんとなる。果たして、自分がその画材に見合うだけの力を今、持っているのだろうか?と。

先日「亀裂が入った画面には、薄い和紙を上から貼って、その上から絵の具を塗る」という修繕方法を耳にして、吃驚してしまった。
日本画は、使い慣れていないとよく亀裂を生じさせてしまう。厚塗りやニカワの具合で生じるのだ。私も、書き始めた当初、細かな絵の具を重ねすぎて亀裂を生じさせたことがある。
どうしたらよいか質問すると、先生は
「どうしようもないよね。はがすしかない」と、即答された。
私は泣く泣くはがした。そして、それ以降、亀裂が入ることのないように気をつけた。亀裂が入らないように、と思えば、無論、ニカワの量にデリケートになる。ニカワをデリケートに扱うと、当然、発色も良い。亀裂の問題は、私に、たくさんのことを学ばせてくれたことになる。
無論、先生は修繕方法を知っていながら、その時、私には仰らなかったのだろうと思う。そのことに、私は感謝している。

アクリルメディウムを使うとか、アンモニアとか、日本画の画材を強化する方法はいくらもあるだろう。今は、海外の気候でも亀裂を生じさせない日本画用の化学合成メディウム(アートグルー)も開発されている。画材店の人は「膠に替わるメディウムです」などと言っていたけれど、日本画は画材的に言えば「膠絵」なのだから、膠が他のものに替わるということは、根本的な変革になるということを、ちゃんを考えて口にしているんだろうか?と、疑問に思った。

もちろん、膠絵である必要なんてない。日本画と呼ばれる必要だってない。描きたいことを叶えるために画材はあるのであって、画材や呼称のために表現が存在するはずはない。それは承知だけれど、画材を選んだからには、何故その画材なのか、その画材がもっとも美しい状態になるためにはどう努力すべきか試行錯誤するのが、画材への義務じゃないかと思ってしまうのだ。その画材ならではの魅力を出し切る努力をせずに、他の画材に頼るのは画材に対して失礼だ、と。

だから、私自身は、膠だけでできるだけ描いていたいと思う。そおっとしか扱えない、その「そおっと」さを、大切にしたいと思う。
何故、この画材なのかということを考えることは、もう古いことなのかもしれない。けれど、日本画材のように、そのほとんどが天然のものであったり、職人さんの技から生まれるものであったりすると、どうしたって、画材に対する敬意が生まれる。単なる素材と思い切れない。

かつては、草木であり、石であり、貝であったもの。誰かが、冷たい水に手を浸して漉いてくれたもの。そのことに思いをはせることは、必ず、線に、色に反映されるだろうと信じている。

・・・と、考えていくと、自分の知識と技術にとほほ、となるんだけれども。
でも、まずは大切に、というところから進もう。画材は宝物だ、と思うところからスタート。

門脇 篤さんの 「願いごとプロジェクト2006-2007 」 

仙台の七夕祭りは旧暦で行われます。今年は、今日が最終日。
さて、マイミクさんでもある、
アーティスト・門脇 篤さんの「願いごとプロジェクト2006-2007 」も、今日が締め切り日です。
願い事を交換する、という今回のプロジェクト。先ほど私も参加しました。
ということは、後で、見知らぬ誰かの願い事が、私の元へやって来る訳です。

なんか、照れますね。
ま、七夕ですから。
もともとが、恋の日ですので。
照れるくらいが良い日なのです。

門脇さんご自身のサイトはコチラ

庭でアウトドア 

hono2.jpg

「今日は焼きますか」と夫が言う。「うん、いいね~」と答えて、車で買い出しに出る。これが、イナカクラシの醍醐味、お庭でアウトドア生活、七輪での夕食開始なんである。

 元カブスカウトの夫はアウトドアが好きで、小学校からキャンプをしてきた。関東育ちの彼が、キャンプをするのは無論、キャンプ場。もしくは、自転車を漕いで許可が下りそうな場所を探し、テントを張ったらしい。
 彼の実家は住宅地の真ん中だから、焚き火はもちろん、七輪もご法度である。煙が隣家に及ぶのは問題だということなのだろう。庭と庭が塀や垣根だけで仕切られ、ぴったりとくっついているだけだから、仕方がないのだ。

 わが家の周りでは、庭の手入れ後の枝や葉を燃やしてしまうことは当たり前のことのようである。焼いた後の灰は畑や田にまいて栄養にしてしまう。関東に住んでいた頃、こまめに手入れをしない私は、一度に庭木を落とすので大量の枝や葉が出た。大きなビニール袋に10袋位になる。当時は車の免許を持っていなかったので、自宅と集積所を何度も往復してゴミ出しをしたものだ。灰にすれば栄養になるものも、袋に詰めれば重くてかさばるゴミでしかない。

 わが家の庭は大家さんの畑につながっている。農作業の様子も、落ち葉などの管理の様子も見るとはなしに目にする。ある日、大家さんが集めた落ち葉を燃やす様子を、夫が惚れ惚れと見守っていた。火が暴れないよう風を見ることに始まって、的確に積まれた落ち葉からまっすぐに炎を立たせる技術、燃え終わったことをしっかり確認する管理、燃え残りのない完全な灰にするその「焚き火術」に、夫は感じ入っていた。

 夏の夕方、陽も落ちて少し涼しくなった頃、我らは「今日は店じまおうか」と声を合わせる。やらねばならない仕事もあるにはあるけど、明日、その分遅くまで仕事をすればいい。これぞ自由業。貧乏のかわりに得ている自由だもの、楽しまなければ貧乏までする甲斐がない。
 小さな七輪に炭を入れ火をつける。炭が湿気てうまく火がつかない時もあるし、すぐ上出来に赤くなる時もある。いずれの場合も面白い。もちろん、その火で調理をするのも楽しいけれど「火を起こす」その行為自体が何故だか楽しい。赤くなった炭というのは実にきれいだ。暖かで、とろりとした朱色。透明と不透明の間の光。青紫に周囲が染まる夕暮れに、炭の火色は完全な調和を見せてくれる。

 塩をふっただけのお肉やシシトウ、エリンギ、ナス等。ちょっとぜいたくをする時には、貝付きのホタテ。愛娘犬も七輪を囲む。そおっと、こっそり、仲むつまじく、私たちの宴が始まるのである。BGMは大音響の蛙の声。
「庭にテント張ったら変かなぁ」と夫。「別に良いんじゃない」と私。
許可が下りそうな場所を、自転車で探し回ることなんてない。なんて素敵な日常。

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「白」について・その1 

桔梗.JPG

白は精神的には無音のような響きを持つ

物質的にいい表すなら、それは、越えることも壊すこともできぬ、無限に連なる冷たい壁のように、われわれの前に立ち現れる。

それは、死を意味せず、むしろ可能性に満ちみちた、沈黙である。

それは若々しい無である。それとも、もっと正確にいえば、始まりを前にした無、誕生を前にした無だ。氷河期の白の時代には、地球は、たぶんそのような響きを発していたことであろう。
カンディンスキーの言葉:訳 大岡 信

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