OIKAWA,Satoko blog

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: -- | edit

庭のプディング  

「大丈夫ですよ。道具はひととおりそろっていますし、万が一の時には東急ハンズがあります」12月、東京の私設美術館で個展を開く。その搬入準備について私が心配をしていたところ、学芸員さんから返ってきたメールの文面である。
なるほど!そうだった!と膝を打つ気持ちになる。ちょいっと何分か、すぐに来る電車に乗り込めば、何でも揃う店がある。お金を下ろす暇がなければ、カードで何でも購入できる。東京の都心というのはそういう所だったっけ。

出来合の物を、懐具合に合わせて選ぶ。それが街の暮らしだった。いくらでも品は揃えられている。種類だけではない。手間をかけたい人からかけたくない人まで網羅して、材料も、完成品も揃えられている。八宝菜を食べたい場合、白菜や豚肉を選んで買う人や、白菜だけ買い、後はレトルトの「八宝菜の素」を買う人、お総菜屋で八宝菜を買う人がいるということだ。手取り足取りの状況が、料理から日曜大工から細かな趣味にまで広がっている。以前はそれが、普通のことだと思っていた。

美容院は仙台の店に行く。「この間、風が強かったですね」と美容師さん。「そうですね。我が家のテレビアンテナ折れて屋根から落ちましたよ」もちろん実話である。驚く顔が面白くて、なおも得意げに続ける。「前の大風の時は、家のすぐ後ろの杉の木が倒れましたからね。樹齢70年だったらしいですけど」
もとより我が家はテレビが映らないのだから、アンテナは納屋に寝ころんでいたってかまわない。大家さんはアンテナを見て、怪我はないか?屋根は何ともなかったか?と聞き、大丈夫ですと答えると安心していた。杉の木が倒れた時も、怪我がなくて良かった。壁に倒れなくて良かった、と言っていた。倒れた杉の木は次の日、大家さんのチェーンソーで10分割され、丸太は今も家の裏にある。

「落ちた葉っぱを掃除するみたいに処理するね」と夫。自力で何とかする。それが田舎暮らしというものなのだろう。感心しながら1年暮らした。そして、ふと気付くと「自力で何とかする」という感覚が少しずつ自分に浸みてきていたらしい。
ない物なら作る。食べたいなら作る。手に入らない物なら工夫する。しなければならないことは自分でしなければ絶対進まない。当然、忘れた物は取りに帰らなければならない…と思いきや「忘れた時は、近くに売ってますよ」と、都会は私にそう答えた訳である。実に優しく「こちらでは、転んでも怪我などしませんわ」という風情で。
 
朝、犬の散歩に出かけようと玄関を開けると、家の前の畑に小山が出来ていて、そのてっぺんから煙が立っていた。「プディングだ」と夫。小山は豆殻を積んで、大家さんが作ったものだった。1m位の高さに積まれ、まさにプリンそっくり。枝は自然に発酵して熱を帯び、オーブンから出たてのプディングのように、湯気を立てている。
大家さんの仕事ぶりに感嘆し、豆殻が発酵するという不思議に感心しながらも、少し切なく、レストランのプディングを甘やかに思い出しつつ散歩に出た。
スポンサーサイト

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。