OIKAWA,Satoko blog

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夭折の域を過ぎて 

2003-05-10の日記

今朝の「新日曜美術館』(NHK)は三岸好太郎の特集。高校時代、心惹かれた画家の一人である。夭折の画家であるのは知っていたけど享年31歳とは知らなかった。私は32歳。10代の頃惹かれた画家の年令を私は越えてしまったんだなあ、と思うと…なんかもう情けない、自分の怠慢を呪うような気持ちになる。
しかし、その後のコーナーで、兵庫県で開かれている秋野不矩さんの展覧会の紹介があった。秋野さんは、私の敬愛する日本画家の一人である。ついこの間、亡くなられた。

その秋野さんの紹介「…秋野不矩は59歳の時インドに渡り、一年間滞在し(略)その後インドを40年間描き続けた」びっくりである。
日本画家には長生きな人が本当に多い。奥村土牛サンだって102歳。上村松こうサンや小倉遊亀さんだって100は越えていたと思う。しかも亡くなる寸前まで現役で制作している。土牛さんは入れ歯や眼鏡が嫌いなので、いっさい付けずに制作する。幅広な筆や連筆をフルフルとしかし、しっかり腰は入れて絵の具を乗せていく姿をテレビで観た。まるで妖怪だった。 灯籠でも、ネコでも、長生きし過ぎると日本では妖怪になるけど、画家も妖怪になるんだろう。でも、夭折の日本画家・中村正義や速水御舟は作品が妖怪みたい。長かろうと、短かろうと、生ききって描ききると異界に達しちゃうのかもしれない。

三岸好太郎の奥さんは三岸節子、この方も評価の高い画家である。節子さんは長く普通に生き、こつこつと油で花を描き続けた。その節子さんが夫・好太郎について尋ねられ「彼は天才。超えることはできないけど、(自分の絵を観て)私は長く生きた分だけ描き続けた意味があったと思えるようになった」というようなことを答えたそうである。
夭折の作家は死期を知っていたかのように生き急ぎ、圧倒的な作品を残すと誰もが感じる。夭折は不幸だが死ぬのは決まってるんだからその中でそれほどの仕事を残せたならそれは幸せというものだ、とも多くの人の言うところ。

黒沢明の「生きる」で、善行を成し遂げ病で死んだ主人公の葬式で参列者は「僕だって死ぬと分かっていたらやり遂げるさ」と言い合うシーンがある。恥ずかしく狡い小物さにいたたまれなくなるシーン。夭折に美談を思うのはこの小物さに似たところがあるように思う。近代、肺病に憧れた文学青年は遊女のもとに通い病を移してもらおうとしたらしいけど、病だけ受けて無駄に苦しんだ人も多いに違いない。努力はそこじゃぁないだろうに。

私は夭折の域を過ぎてしまった。運命は特別さを与えてくれなかった。間違いなく、天才でもない。かくなる上は、とぼとぼ頑張るより他ないんである。意味ある仕事を残せないとしても。例え宝くじに当たろうと、才能には当たりっこない。自分の小物さ加減に泣けてこようと、特別なものなど降ってはこないと覚悟しないといけない。覚悟して、自覚して、悩んで進む他ないんだ。おばあちゃんになる頃に、せめてねずみ男くらいの半妖怪状態でもいいから、異界を覗いてみたいなあ、と切望しながら。
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