OIKAWA,Satoko blog

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京都・大津 

筆

11月3日「ジパン具展」のため京都に向いました。
今回はスケジュールの都合で初日しか在廊出来ず残念。
お会いしたかった方々が「せっかくだから在廊日に」と来て下さって、
とても嬉しく、心強く、
アーティストトークも緊張せずお話させていただきました。
心より感謝いたしております。

3日には文化財修復技師の久安敬三さんの講演と、
京筆師の家形一雄さんによる筆製作の実演がありました。

久安さんのお話には、
すぐにも参考にさせていただこうと思う数々の技法や、
深く制作を見直すきっかけとなるお話など、
多くのことを学ばせていただきました。

家形さんの筆の製作では、
自分の普段使っている筆の大切さをあらためて感じました。
日本で今のような筆が作られるようになったのは、
明治から、というお話も伺って本当にびっくり。
それまでは中国の筆を使用していたのだとのこと。
「日本画」というものを生み出した明治という時代に、
画材の上でも、日本の独自性、
独立性をやっと獲得したのだという、
ひとつの証のように思えました。
(それにしても明治とは!なんて最近のことなのだろう!)

展示の内容については、
各々が課題として制作した金地の、
18×18.18cmの作品が面白く感じられました。
描きやすいとは言えない紙だったことや、
同じサイズ、同じ支持体に描くという規制が、
各々の個性を引き出したのかもしれません。
私自身の作品を見ても、
60号の新作よりも、金地の作品の方が、
次につながる何かが見いだせたように感じています。

会場写真1

明くる4日は、来年個展をさせていただく予定の、
数寄和大津ギャラリー に伺いました。
ギャラリーの麻田さんと、作品や空間についてお話し、
大津について教えていただく。
はじめて訪れたとは思えないくらい落ち着いてしまって、
何冊も美術展のパンフレットを見せていただいたりして、
時間を忘れてしまいそうになりました。

数寄和大津ギャラリーは、とても清浄な空間。
障子越しの自然光がやわらかさをもたらしているよう。
こんなにすてきな場所に作品を展示させていただけると思うと、
なんだかすっかり夢心地になってしまいました。

年末年始、お正月気分返上で
制作に当たらねばならないのは必至なのだけれど、
数寄和大津ギャラリーの空間を思えば、
ちっとも苦には感じません。
個展は絵絹の作品がメインになります。
あの空間で、自然光の差す中、
絹の作品がどう見えるだろう。
これまで描いた紙の作品も、
あらためてあの空間ならばどう見えるのだろう。
そんなことを思うと、胸がトカトカ楽しい音で鳴るようです。
残された制作時間は長くないけれど、
ギャラリーを見たうえでの新作を、
ていねいに描き上げたいと思います。
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尖展搬出そして帰途 

尖搬出

13日。搬出の日を迎える。
(左は藤岡雅人さん、右は寺村里香さんの作品)

搬出には、リセット効果があるように思う。
物悲しさと共に、新しくまた制作をはじめる意欲が湧いてくる。
展示の期間に得た、さまざまな気づきを、
これから実践するのだと思うと、心地よい緊張感を感じる。

sen7.jpg
写真は林 孝二さんの作品。展示の時の様子。

今回のような展示も自分たちで行う形のグループ展は本当に久しぶりだった。
あらためて振り返ると、大学院の卒業展以来かもしれないと思う。

尖のみなさんの搬出入の際の動きには、感服した。
大きな作品が多いので、
自分だけで自分の展示をするという訳には行かない。
みんながそれを承知しているから、
全体で展示がスムーズに進むよう、
合理的なチームワークで展示や搬出が進んでいく。
尖は合評のようなことをしないのだと聞いた。
「制作は自己責任。展示・搬出はチームワーク」
これだけの広い会場を、13人というメンバーで成立させる展覧会を、
15年続けてこられたのは、こういった姿勢によるのだろうと思った。

また、今回の尖展参加して一番印象深かったのは、
メンバーの方々が「日本画を描いていること」に、
揺るぎない自信を持っているように見えたことだ。
それは「京都」という土地に対する自信にも
裏打ちされているように思えた。

その点で、私は正反対なのだと感じる。
私は自分の在りようが、
何かに裏打ちされた価値を持っていると実感したことがない。
それは、日本画科のない美大で
日本画を描き始めたことに由来するのだろうし、
東京を模したような地方都市で育ったことも影響しているだろう。
でも、それが自分の立ち位置なのだと思っている。
寄る辺無い中を進んでいく緊張が、
これまでも、どうにか私に道を示してくれた。
本流とは思えない、私が通るだけの細い道。

自分だけの細道と思ってきた道が、
時に誰かが歩んでいる道と、クロスすることあると、
今回、体験できたことは本当に楽しかった。
ここから、それぞれの歩みを続けると、
その先でまた出会えるかもしれない。
その時には、もっと深まった自分でいたいと思う。

soto2.jpg

6日から13日まで、天気に恵まれた8日間。
空は青く、陽は強く、私はすっかり日焼けしました。

soto.jpg

飛行機に乗れば、1時間ほどで宮城に着く。
空に夕日の朱が差し始める。
旅は終わりを迎え、また画室にこもる日々になる。
今回、得た多くのことを活かすべく、制作に励もうと思う。

尖展会場 4月11日・12日 

4月11日・12日は尖展会場で過ごす2日間。

sen.jpg

会場、京都市美術館本館玄関の「尖展」の看板。

11日。
朝から多くの人が入場してくださる。
「尖展はとてもたくさんの入場者がありますよ」と、
以前招待作家として出品された方から伺っていたが、
それを目の当たりにすると驚いてしまう。
今回は4千人近い入場者数だったそうである。
昨今、美術館は話題の企画展でもなければ閑散としているものだ。
京都での「尖」の人気をあらためて感じる。

sito2.jpg
(手前はマツダジュンイチさん、奥は私の作品)

私にいただいた壁面の展示可能なスペースは30m。
(壁面自体はもっと長い)
このスペースをマツダジュンイチさんと2人で使用させてもらった。
私の展示作品の高さはすべて182cm。
マツダさんの作品もほとんど高さが同じだったので、
実にシンプルな展示構成となる。
その分、作品内容が伝わったように思う。

sito.jpg

横幅が、写真左奥から、横幅91cm、182cm、455cm、182cm。
上記の写真には写っていないが、
もう1点、182cmスクエアの作品を右スペースに展示してある。
4月6日についてのエントリーに書いたように、
この4点は、それぞれ制作時期も違う、独立した作品だけれども、
あえてひとつの作品としても見えるように展示してみた。
この4点が、このような形で並ぶことは、きっと、もう2度とないだろう。
このことひとつとってみても、
京都に来て、尖展に参加して良かったと感謝している。

2時から、アーティストトークがはじまる。
自分の絵について、いつも話すことを話すのだから、と、
悠長に構えていたにもかかわらず、
実際話し始めると、すっかり緊張してしまった。
ネットで数年来交流させていただいている方が来て下さっていたので、
トーク後、「緊張してしまいました!」と駆け寄り、笑顔で迎えてもらう。
地元を離れ、ひとり旅の先にも、
支えてくれるお友達がいることを、ありがたく思う。

トークでは、

・私は東北・宮城在住。

・モチーフは、畦道などで冬の朝見つける、
 地面に出来た小さな薄氷の景色である。

・薄氷の世界を凝視すると、視野いっぱいに薄氷が広がって、
 小さなはずの薄氷が、私自身を取り囲むほど大きく感じられる。
 小さな面積の景色を、大きく描くのは、単に拡大しているのではなく、
 自分の視覚体験からすると、むしろこれが実物大であるということ。

・横長の構図は、時間を表現するのに適していると思う。
 氷は、形を持たない水がひととき、形を保つ状態であり、
 しかし、厳密にはゆっくりと溶け続けている(もしくは凍っていく)。
 京都市美術館の長い壁面を活かし、
 横長の構図に表現することで、
 その時間の経過を見るひとに感じてもらいたい。
 見る人の目の中で、氷がゆっくり動いて感じてもらえれば嬉しい。

といったことを話した。

okin1.jpg

尖展の受付近くのテーブルには「私のお気に入りコーナー」があった。
出品者それぞれが自分のお気に入りの画材や本などを展示している。

okni2.jpg

「自分がインスピレーションを受けるものを、
 お気に入りとして持ってきて下さい」
とのことだったので、
私は、石粉粘土で自作した「愛娘犬」を連れてきた。
着彩はアクリル絵の具である。

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本物の愛娘犬と粘土の愛娘犬。愛娘犬の名前は「ネル」。
寝てばかりいるし、手触りがフランネルのようだから「ネル」。

nryki.jpg

私の絵のモチーフは、ほとんどがネルとの散歩中に見つけたものだ。
ネルの目線と鼻は地面に近く、人間が見落とすものを、しっかり見つけ出す。
動体視力も素晴らしいから、小動物の存在も教えてくれる。
ネルと共に歩くことで、私自身も地面の近く、
また同時に遥か遠くを、知覚できる気がする。

ネルのつやつやの鼻。
耳の辺りの、やわらかにウェーブのかかった毛。
ふさふさの尻尾。
野生を残した小さな犬歯。
彼女のすべてが私のお気に入りである。

sen2.jpg

11日が終了。会期は残すところ、あと1日。
この日は、一般参加の懇親会が開かれた。
(写真に写るのは、招待作家の坂内圭さんの作品)

kwrky.jpg

私はジャスミン茶で乾杯後、いったん会場を出て、
カトリック河原町教会でご復活徹夜ミサに与る。
旅先でも、教会の中は同じ空気、同じごミサ。
ここのお御堂の中の人々とは、
これまでも、そしてこれからも、語り合うことはないのに、
心の奥底で、最も大事なものを共有しているのだから不思議である。
コミュニティーというものが苦手な私だが、
こうして、自分は人とつながっているのだろうか、と思う。

2時間のごミサが終わり、
時間も遅いし、そのままホテルに戻ろうかと思い、
その旨、電話をすると、
「無理強いはしませんが、せっかくだから…」との言葉。
電話の向こうから聞こえる楽しそうな声に引かれ、
「尖」懇親会の会場に戻る。改めてワインで乾杯。
こんなにたくさんの同世代と話すのは何年ぶりだろう。

懇親会もお開きとなり、ホテルに戻る。
楽しい酔いの余韻を感じつつ、ほうじ茶を飲んだ。
「ちっともひとり旅じゃないな」と思いながら。

12日。尖展最終日。
この日のアーティストトークは、前日よりしっかり話せたように思う。

12日には、出品者の反省会が開かれ、
今回の展示での意見交換と共に、
尖のみなさんの、結成当初のお話など伺う。
私は、今回参加させていただいたことへの
感謝気持ちを述べさせてもらった。

この2日間で、
大学時代の同級生にも久しぶりに会うことが出来ましたし、
ネット上でおつき合いを続けてきた方と、
はじめてお会いすることも出来、とても嬉しかったです。
11日、12日両日共に来て下さった方もおられ、
大変ありがたく思っております。

明日は4月13日、搬出の日のことなどまとめてUPします。

彦根 4月10日 

4月10日は初めての彦根。
小学校からの幼なじみ、そして、ひこにゃんに会いに行く。

・埋木舎
・彦根城
・玄宮園
・彦根城博物館 をめぐる。

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彦根に向かう電車時間まで、新大阪駅のロッテリアでコーヒーを飲む。
ファーストフードのコーヒー。何の変哲もない駅の様子。
でも、初めての土地から、初めての土地に行くと思うと、
ちょっと心細いような、それがまた楽しいような気持ち。

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幼なじみのご主人に彦根駅まで迎えに来てもらった。
幼なじみと、ご主人と、赤ちゃん二人と私で、
夢京橋キャッスルロードにある「あゆの店 きむら」でお昼をいただく。
私と幼なじみは「あゆ雑炊御膳」、ご主人は「鮒鮨汁御膳」。
私は鮒鮨というものを間近にするのは初めて。
店内の数人がこの「鮒鮨汁御膳」を食べ始めると、
空気が細かに発泡するような、何とも言えない刺激的な香りが漂い、
「こ、これが鮒鮨か!日本代表発酵食品の威力なのか!」と、
しばし固まった私でありました。
あゆ雑炊、あゆの塩焼きはとても美味しかったです。

今年の4月10日は、カトリックの暦で「聖金曜日」。
イエス様のご受難を思う日なので、
大斎(1日1回十分な食事を摂り、あとの2食は少量とする)と、
小斎(お肉を食べてはいけない)を行わなければいけない。
お肉を食べないことは、西洋人にはつらいかもしれないけれど、
日本人の私には特につらくないので、
例年は自分でお魚も我慢することにしている。
でも、今日はせっかく幼なじみとの食事だから、お魚を許してもらい、
その分、夕飯を食べないことにした。

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偶然、カトリック彦根教会を見つける。
「明日は御復活徹夜祭ですよ。心の準備は出来ていますか?」
と言われている気がする。
幼なじみに待っていてもらい、お御堂に入る。
「今日はお魚を食べましたが、夕食は食べません」と約束する。

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(井伊直弼がお客をもてなす様を、看板イラストで再現しているのだが、
 かなりシリアスさに欠けるイラストなのが残念。)

幼なじみが行ってみたかったという「埋木舎」に行く。

井伊直弼という人物には、違勅の臣のイメージもあるが、
彦根では、井伊直弼は英雄であり、
日米修好通商条約の締結、
開国の断行という直弼の選択と行動は、
日本国益のための大英断だった、
という歴史解釈が徹底している。

井伊家では、世継ぎ以外は、他家に養子に行くか、
家臣の養子となってその家を継ぐか、
寺に入るのが決まりだったそうである。
井伊直弼は、11代藩主 井伊直中の14男。
「14男じゃ自分の番は絶対こないと諦めもするよね。
 自分は埋もれ木だって思うと思うよ」と幼なじみ。
直弼は、行き先が決まらず、兄が藩主になったため、
17歳から32歳までの15年間を、城下の「控え屋敷」で暮らした。
その控え屋敷が「埋木舎」である。

世の中を よそに見つつも埋れ木の 埋もれておらむ 心なき身は

と、直弼は詠んでいる。
埋木舎は小さく、質素な屋敷だった。
ここで、お茶や歌、能、武道に励んだ直弼の青春を思い、
教科書で学んだ井伊直弼とは違う、人間としての直弼を想像した。

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昨日までの「寺院」とはまるで違う「城」の趣を味わいつつ、
いよいよ彦根城に向かう。

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彦根城天守前に、ひこにゃん!
幼なじみが「ひこにゃんスケジュール」を教えてくれていたので、
もちろん、事前にチェックし、ひこにゃんに合わせて天守前に到着。
ひこにゃんのサービス精神は素晴らしく、
集まる人々みんなを満足させるパフォーマンス。
シャッターチャンスの作りかたも完璧。さすがゆるキャラNo1である。
■ひこにゃん特設サイト

むすび丸1

ちなみに、宮城県観光PRキャラクターは「むすび丸」です。
キャラクターというよりも、マークとしての完成度が高く、
ゆるくない感じがしてしまう「むすび丸」。
全身バージョンだと、ちょっとゆるくなる。
むすび丸2
ちょっと「よつばと」のダンボーを思い出す。
■むすび丸プロフィールはこちら

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ひこにゃんを見てから天守閣を見ると、
どことなく、可愛らしい相貌に見えてきて不思議。

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天守閣の階段は、はしごのように急で膝がガクガク。

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天守閣の窓から、彦根を見る。遠くに琵琶湖。

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江戸時代には「槻御殿」と呼ばれた彦根藩下屋敷「玄宮楽々園」。
その庭園部分が「玄宮園」と称されている。

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中国の瀟湘八景、あるいは近江八景を模して作庭されたといわれる廻遊式庭園。

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安土桃山時代から江戸時代に建造された天守が現存するのは全国で12ヶ所。
その内、国宝に指定された現存天守のある4つの城のひとつが彦根城。
仙台の青葉城には天守閣がない。寂しいことです。
(土井晩翠は、天守閣のない青葉城趾で「荒城の月」を構想したといわれる)

幼なじみと、お土産物屋さんでたあいのないことを、
時間の許す限り話した。
数日間、関西弁に包まれていたから、東北の言葉がしみじみ嬉しい。
「元気でね」と彼女と別れると、
急に里心がついたみたいに、プチホームシックになる。
彼女は、ハードボイルドな人だから、
別れ際、何度も振り向いたりしない。
小さな子供二人を連れて去っていく彼女の後ろ姿に、
地元を離れ、親戚もいない土地に暮らし、
子育てをしている強さを感じた。

約束通り夕飯は食べず、
ホテルが部屋に用意しているほうじ茶をゆっくり飲む。
明日は尖の会場に行く。
どのくらい人が来てくれているのだろう。
どんな空間になっているだろう。
アーティストトークは私もするのかしら。
……などと考えつつ、眠るのだった。

明日は尖展会場での11日、12日の2日間をまとめてUPします。

京都2日目 4月9日 

4月9日は京都2日目。

・平等院
・宇治川沿いを散策
・宇治カトリック教会
・東寺
・東寺宝物館
 「五重塔初層特別公開記念 東五重塔の歴史と美術」
・観智院 をめぐる

今回の旅では、あらかじめ京都と奈良のガイドブックを購入して、
どこをどう回るか考えていた。
京都のガイドブックには「庭」「源氏物語」など、
さまざまなテーマに沿って、モデルコースが紹介されていた。
計画当初は「庭」をめぐりたいと思っていたのだが、
桂離宮などは半年前から予約しなければ観られないし、
「源氏物語」は未読なので、
(必読の書とは思いながら、人間模様の切なさに、
 何度手にしてもくじけてしまう)
まずは読んでみなくては、その場に立っても感動は薄いだろうし……と、
テーマを定められぬまま、京都に着いた。

京都、奈良に着くと、お寺をめぐりたいという気持ちが起きてくる。
(こんなにお寺や仏像が好きなクリスチャンというのも珍しいだろう)
私の中の京都らしいお寺、筆頭は平等院だ。
この世に作られた浄土を拝観に、宇治に行こうと決めた。

平等1

今回の旅は天気に恵まれ、例年よりも桜の開花も早まって、
どこへ行っても満開の桜に包まれた。

平等2

優美な鳳凰堂と満開の桜。
池に空の青と桜の色、鳳凰堂が映る景色は幻想的。

平等3

鳳凰堂の中も拝観した。今は寂れた色の板絵や仏像が、
極彩色だった昔を想像する。
平安時代の仏像は、やわらかで繊細で女性的。
救われたいと思う信仰が、
こうした優しい姿を求めたのだろうとしみじみ思う。

宇治

平等院から、お花見をしながらゆっくりと宇治川沿いを散策。
奈良でのスケジュールいっぱいの観光ではなく、
宇治のはんなりした空気を、ゆったり感じて。

宇治2

空気が金泥でもまいたように、きらきらして感じられる。

橋のたもとでぼんやり遠くを眺めていたら、
川の向こうに、緑色の電車が走るのが見えた。
手前の朱色の橋と補色になって、まるで大和絵の色合い。

宇治6

赤や朱、ピンクなど、私は苦手なのだけれど、
こんな風に、赤い色に包まれていたら、違っていただろうと思う。

宇治教会

散策していると、カトリック宇治教会を見つける。
今年の4月9日は聖木曜日にあたる。
お御堂に入ってロザリオを一連お祈りする。
「お寺ばかり回っていてすみません」と思いながら。

はばたん

いったん、京都駅に戻ると、兵庫のゆるキャラ「はばたん」がいた。
カメラを向けた私に、速効ポーズをとってくれる。さすが。
「昨日は東大寺でせんとくんのストラップを買ったし、
 明日は彦根でひこにゃんに会うよ!」と、心の中ではばたんに告げる。

東寺1

「京都なら東寺だろう」と父にアドバイスされ、東寺に向かう。
道々、たくさんの外国人観光客に会う。
さすが世界的な観光地だなと思う。
こんなに海外の人が「JAPAN!」と思って訪れるのだから、
なまじ、アルファベットを多用したり、
無国籍なデザインは興ざめだろう。
京都の人が、京都を好きで、
「日本なるもの」に自信を持っているのも、うなずけると思った。

東寺4

もともと延歴15年創建されたという金堂は焼失。
現在の東寺の金堂は、桃山時代に建てられたそうである。
豪快でありながら、どこか優雅さも漂う趣。桃山だものなぁと思う。
天竺様の構造の中に、和様も取り入れられた建築とのこと。

金堂に入ろうとすると、観光バスらしき団体と一緒になる。
作業衣を来た女性が、
金堂の説明と薬師如来はじめ、それぞれの仏像の説明をしている。
とても分かりやすいので、まるで一員のような顔をして聞いていた。
「はい。では講堂に移ります」と言われ、
みんなが列をなして歩くので、私も後ろをついていく。
とはいえ、やはり気が引けたので、旗を持った搭乗員さんに、
「私は団体じゃないのですが、歩みが一緒の場合、
(説明を)聞いていても良いのですか?」と尋ねると、小声で、
「……ん、まぁ。どうぞ」と、答えてもらった。
なので、次の講堂では、
真ん真ん中に座って、しっかり説明を聞く。
さっきの搭乗員さんが、困惑気味にしている。
「では、五重塔に進みます」と、
作業衣の方が言うと同時に列を離れた。
塔の中は狭いということで、
五重塔の説明も講堂でしてくれたし、
講堂には私の好きなお不動さんがいたので、
ゆっくり拝観したいということもあり、再びひとり行動に戻る。
搭乗員さんもホッとしたことだろう。図々しくてすみません。
とても勉強になりました。ありがとう。
何体も仏像が並んでいたけれど、
帝釈天、梵天がボリュームがあり、心惹かれた。

東寺2

4度の落雷に合い、現在5代目の五重塔。
高さ54.8m、日本最高の塔。
古都京都の避雷針になってしまっていたのだろうか。
風水でみると、この五重塔は平安京にとって、
「気」をせき止める役割をになっているとの記述をネットで見つけた。
木造なため火には弱いけれど、耐震構造に優れ、
地震で倒れたという記述は無いそうである。

東寺3

連日の晴天、気温の高さに、桜も散り始める。
塔のシルエットを前に、桜吹雪が舞っていた。

東寺の次は、東寺の塔頭寺院である観智院に行く。
宮本武蔵の描いた「鷲の図」を観ることが出来て嬉しかった。
一乗寺下がり松での決闘の後、吉岡一門の報復を避け、
武蔵が3年間隠棲していたのが観智院。
京都では、一乗寺下がり松に行ってみようかとも思っていたが、
ここで武蔵の足跡に触れられて良かった。
武蔵といえば、内田吐夢監督の「宮本武蔵」シリーズ。
なかでも、「一乗寺の決斗」が私はもっとも好き。
家に帰ったら、あらためて見直してみようと思う。

昨日まで、奈良に泊まっていたのだけれど、
今日は新大阪のホテルに泊まる。
観光シーズンの京都には、宿が取れなかったのだ。
「新大阪」だなんて、こんな機会でもなければ、
一生思い浮かべることもなかったであろう地名。

てんぷく

ホテルで、とりあえずテレビを付ける。
私はホテルに泊まる時、ずっとテレビを付けている。
消すと、なんとなく怖いから。
この日は、なつかしのテレビということで、
「てんぷく笑劇場」を放送していた。
物心つく頃に見ていた記憶。嬉しくてパチリ。

満点

満点パパ。大好きでした。

太郎1

新大阪のホテルは、ひとりではもったいないくらいの広さ。
ベットも広い。
無駄に手足を伸ばして、
出来るだけ立派な大の字を目指し、寝てみたりした。

写真は旅のお供の太郎君。
Sylvia Nattererさんという人形作家さんの人形です。
旅行にはいつも連れていきます。
■ Sylvia Natterer 公式サイト

明日は4月10日、彦根での1日をUPします。

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