OIKAWA,Satoko blog

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幼きサミュエル 

サムエル


物心ついた時から目にしていた御絵。
母が台所の壁に掛けていた絵皿にこの絵が印刷されていた。
私はずっとこの絵が好きだった。
調べてみると、ジョシュア・レイノルズという画家の『幼きサムエル』とのこと。
女子パウロ書店で見つけて、懐かしくうれしかった。
小さなカードなので、ビニールの袋に入れて画室に貼っている。

この絵を見ると、子供のころ住んでいた家の台所が思い出される。
そして、なぜか、母がプリンを作ってくれた日を思い出し、
早く固まらないかなぁと、じーーっと見続けていたのを思い出す。
銀の入れ物に、黄色のプリン液。甘い匂いと、巻き毛の少年。
お祈りする時、私が真面目な気持ちになるというよりは、
自分がたいへん小さな者になったことからくる安心感に包まれるのも、
多分、この巻き毛の男の子のおかげが大きいのだと思う。

あの家も、宮城県沖地震で半壊し、引越をしたのだった。
地震以後は、食器のかけらが危ないからと、一度も入れてもらえなかった。
あのお皿、どこにいったの?と聞くと母は「どっかに入ってるよ」と答える。
「見つけたら、くれる?」と言うと、決まって「あげない」と即答される。
しかたない。きっと、母にも大切なものなのだろう。
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メリークリスマス 

クリスマス1

今年のクリスマスは24日の夕方から、
25日は丸一日、制作も家事も休んで過ごした。
慌ただしいまま過ごしてきた今年。
来年の2月には個展もあるので、
お正月気分は返上で制作に勤しもうと思っているけれど、
クリスマスは忙しくしないぞ、と決めていた。
制作用の机の上を片づけて、
粘土で作った自作の聖家族を飾る。
牛や羊の代わりに、石粉粘土の愛娘犬を寄り添わせて。

クリスマス2

24日の夕方、近くのカトリック大河原教会に立ち寄る。
写真は大河原教会の馬屋。

クリスマス3

25日は仙台の元寺小路教会で御ミサに与る。
写真は元寺小路教会の馬屋。

馬屋の飾り付けは、聖フランチェスコが始めたとも言われている。
“主は、貧しく、小さく、弱い赤ちゃんとしてお生まれになった”
子供にもひと目でクリスマスの意味が伝わる
この馬屋の飾りが私は大好きだ。
可愛らしくて、幸せそうで。

愛おしく思う気持ちが集う、
このうえなく幸せな一夜の姿。


この月を 

IMGP1231.jpg

先日、岩手の父の実家に行った。
伯父が家の裏手に神社を造ったというので見に行く。
80を過ぎた伯父がユンボで整地したという小道を抜け、
神社に到着する。
「我が家だけの神社」にも関わらず、とても大きくて驚く。
都会ならアパートの一室になるスペースの神社だ。
中には神棚がふたつあって、
ひとつには曽祖父が彫った聖徳太子像が納められていた。

壁には、祖母が入院していた折り、
遠くに勤めていた従姉妹が、
お見舞いに行けないからと作った千羽鶴が何連も掛かっている。
この千羽鶴は私が物心ついた時から、
岩手の父の実家に飾られていたものだ。
入院していた祖母が、退院し、すっかり回復したのち、
長寿で人生を全うしてからも、
ずっと大事に飾られていたもの。
確かに、千羽鶴はお祈りなのだから、
神社に納められるのが一番だな、と思う。

私自身は19歳でカトリックに入信したのだけれど、
親戚にはクリスチャンはひとりもいない。
とりたてて何かを熱心に信心している人もいない。
それでも、神仏を大事にするとか、
お祈りをするということを、
こんな風にとても身近にしている親戚が多いのだな、
とあらためて感じた。

岩手の父の実家に行くのが毎年、お盆の行事だったが、
ちょうどそれは私の受洗日の頃なので、
よく、伯父伯母と共に、父の実家の近くの教会に行った。
信徒ではない伯父伯母たちは、
「聡子さんの神様」と言いながら、教会の席に座り、
私がしばらくお祈りするのを待っていてくれたものだ。

今年も早いもので、もう12月。
クリスマスの準備をする月になった。
従姉妹の千羽鶴や、
伯父の神社をていねいに掃除する姿を思い出しながら、
この月を過ごそうと思う。

イブ 

大河原教会

今日はクリスマスイヴ。

最近、クリスマス粉砕とかクリスマス中止という言葉をよく聞く。
「もてない」自覚のある人が、そういうことをネットで表明したり、
デモをしたりしているそうだ。

はじめて目にした時は、びっくりしたけど、
すぐに「そう訴えたくなるのも無理はないな」と思った。
クリスマスは、
「あなたはひとりじゃない」という福音がもたらされた日なのに、
最もひとりぽっちを感じさせられる日になっている。
本末転倒、どころか、本来の意味と真っ向逆さ。
本当に嘆かわしいことだと思う。

昨日、教会の炊き出しのニュースを見た。
この不況にあって、炊き出しに並ぶ人が過去最高となり、
近隣住民から、炊き出しをやめて欲しいという訴えが上がっているとのこと。
「不安な気持ちになるから」なのだそうだ。
大量のホームレスを見て、不安になるのは、
この社会の没落を目の当たりにするように感じるからだろうか。
それとも、何をされるかわからないように感じるからだろうか。
炊き出しをやめて欲しいと訴える人は、
確かに不安そうな面持ちではあったが、
堂々と画面に顔を出していた。
自分の訴えが、真っ当なものだという自信があるのだと思う。
その不安には、
「自分もそこに並ぶ日が来るかもしれない」という不安だけは無いように見えた。

「3日後に寮を出るようにと勧告された」というニュースも、連日流れている。
そんな社会になるとは、本当に驚くばかりだ。

我が家はOTTOもフリーだし、私も絵を描いているだけだから、
「来年には、去年は屋根のある家で暮らせてたね、なんて言ってるかもよ」
と、話したりしている。
「ブルーシートで暮らしても、愛娘犬だけは全然平気だろうね」
「布団さえあれば、幸せだからね」と笑う。

私の信じる神様は、泊まるところもなく、馬小屋でお生まれになった。
そのことを祝う今宵。
祈ることがありすぎる夜。


そらのむこう と ホヤ と 花丸 

ぼんやり空をながめていて思い出すことのひとつに、
幼稚園時代の夏休みの宿題がある。
「そら の むこう は どんな せかい でしょう?」
というような質問に、絵を描いて解答するもの。

ミッション系の幼稚園だったことを考えると、
理想の解答は、神様や天使のいる天国だったのだろうと思う。
しかし、私は迷わず、地球や月や土星など「宇宙」を描いたのだった。
土星の輪も、月のクレータも、子供ながら詳細に描いた。

その絵には、幼稚園の先生が、
「よくかけました」の言葉と共に、
大きな花丸を付けてくれたから、
私は大正解を描けたのだと思っていた。
と、いうか、花丸に関係なく、
私は自分の描いた「そらのむこう」に大いに満足していた記憶がある。

大学生の頃にも、似たようなことがあった。
洗礼を授けて下さった神父様と、
海の幸が豊富な街を車で走っていて、
ふと「ホヤ」の看板を見つけた私は、
「ホヤみたいな、海百合なんかがほ乳類にとって祖先らしいですね」
と、言った。
神父様は、何とも言えない表情になりつつ、
「科学者は面白いことを言うなぁ」と、仰ったのだった。
何年後かに、カトリックと進化論は、
相いれないとされていることに思い当たり、
それで神父様はあんな顔をされたんだな、と気がついた。

修道会の小さな冊子に、文章を載せさせていただいたことがあって、
その時にも、私は進化論について書いたりしていた。
私には、科学や物理と信仰はちっとも相反したりしない。
子供の時からそうで、今でもそうだ。

そらのむこうには、無限に広がる宇宙があって、
いつの日か収縮して消え、また広がり始める。
人間は、塵から創られて、塵に帰る。
それらのことは、どこまでも配慮の行き届いた、
巨大なシステムとして機能している。
私はその機能を思う時、畏怖の念を覚える。
同時に、機能の中に塵のひとつとして位置し、
生まれて消えることに、安らぐのだ。

そんなことを思いつつ、空を見上げ、
私は、私の宇宙にもらった、大きな花丸と、
「よくかけました」の言葉を思い出す。
そして、これからも、自分の宇宙を描こう、と思う。

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